約束の行方。
エリちゃんと再会して、数日が経つ。この数日間、彼のことが気になって全く仕事が捗らなかった。もうどうしようもないので、周りの子、ちょうど同年代でインヴァレリーに通っているエルザちゃんや歳の近かったデヴィット君に聞いてみたら、アルバムを見せてくれたりして、結局本人だということがわかった。15歳くらいまではそりゃもうスマートだったよ。予想通りの成長してたよ。なんだよ急に。斜め上に行きすぎでしょう。別にそれもキュートだからいいんだよ?僕にとってはどっちでもどんとこいって感じだよ。この前のは驚いて正常な思考ができなかっただけだからノーカン。よく見たら箒に乗る姿勢すごい綺麗だったんだよ。
…ていうかそれよりね。重要なことがあるんだよね。ちゃんと彼と食堂でなんか食べようってアポは取った。後は向かうだけだ。…何を話すって結婚の話さ。過去に取り付けた二人の約束。忘れるはずもない。僕と彼の将来を左右する大事な話。本当に大事な話なんだ。これだけは何があろうと話さなきゃいけない。…例え、彼を傷つけることになろうとも…。…もし、彼が覚えていなかったら。その時は。…まあ。何とかなるだろう、なるようになるよ。うん。本当に結婚することになっちゃったら笑ってしまうだろうな。多分。発表とか、できるのかな。
淡い光を掴むように自分に言い聞かせながら、エリちゃんの待つ食堂へ向かった。
真ん中の席で、エリちゃんが一人、マグカップを手に、カプチーノらしきものを飲んでいた。
「ごめんね、待った?」
「ズリエル兄さん。別に待ってないさ。このボクのルックスのように甘いカプチーノを飲んでいたところさ。なかなかいけるものだよ。」
「君のお眼鏡にかなうなんて相当だね。自分に自信あり気な所も変わんないねえ…。しかし本当に懐かしい。こんな所で会うなんてね…。」
「ボクは昔からこんなものだったろ?兄さんならわかるでしょ。あ、カプチーノ無くなっちゃった。兄さん、昔みたいにミロ入れてよ。兄さんと離れて以来あのミロを飲めてないんだよ。お願い。」
「はいはい、急かさなくてもちゃんと出しますよ。ほれ。」
ティースプーンを取り出して、新しいマグカップに冷えたミロを湧き起こす。昔からこれ好きだったんだよね。出せば機嫌がよくなるから、事あるごとに出してた記憶。
「はいどうぞ。いつものやつだよ。」
「!ありがとう!んっんっ…ふぅ、やっぱり美味しい!これだよ!もう一回頼むよ!」
「そんなに早く飲んだらお腹壊しちゃうよ…。まあ出すんだけどね。はいどうぞ。」
今度はさっきよりもちょっとぬるめに。十分冷たいと思うけどね。君のためだったら何度だって出してあげよう。ミロだって、なんだって。それくらい君には返しきれないものをもらったんだよ。
…本当に美味しそうに飲むなあ。何時間でもその姿を見ていられそう。自然と頬が緩んでしまう。
「…昔のこととか、覚えてる?」
自分から、不意をついて出た言葉。自分で自分の出した言葉に驚いてしまう。しまった。できるだけさり気なく聞こうと思ったのに。
「ん?昔…ボクが兄さんとよく一緒にいた頃のことだよね?んんん…とりあえず、すごい楽しかったよ。兄さんがいるとなんか無性に落ち着くっていうか…安心してたんだ。」
帰ってきたのは思ってたのと違う言葉。まあ、勝手に勘違いしてくれたってことで。
「ああ…その割にはよく泣いてたねえ…。僕がいない時はもっと泣いてたのかな?」
「はは。兄さんにしてはなかなかピリリと効く冗談だね。そんなことないよ。今だってもうあまり泣かないしね!後はそうだね…よく料理を作ったよね。パンケーキとかサンドイッチとか…。」
「一応まだ泣くんだねえ…。それもしたね。覚えてるよ、軽い料理勝負みたいなことしたの。エリちゃんの方が小さいのにエリちゃんが作ったやつの方が美味しいもんなあ…。僕も結構料理できるって自負してたから結構へこんだなあ。…他には、なんかあったっけ?約束とか、なかったっけ?」
…絶対このタイミングじゃなかったな。気を急き過ぎた。…遅かれ早かれ聞くしな。もういいか。…さて。
「…?約束?何かあったかな?」
………ああ。
「…そっか。」
表情は、崩さない。崩してはならない。彼に、何かを忘れているという思いの片鱗ですらも、感じさせてはいけない。彼にとっては、それは忘れるべきことだ。
こうなるって、どこかで薄々思っていたろ。分かってたのに、おめでたいやつだ。…でもそれにしたって、余りにも無邪気で、残酷な言葉だ。気にしてないって言ったら嘘になる。正直結婚する未来もアリだななんて思ってたし、普通に楽しそうだったし。色んな感情が濁流になって流れてくる。…もう大人のくせに、大人げない。
子供のする約束だろ、本気にしたお前が馬鹿だったんだよ、ズリエル。
心無い言葉が頭をよぎる。誰だよ、お前は。出てくるな。自分でない自分を追い返す。…そもそもどこが好きであの約束を受けたんだっけ。
「…兄さん?どうしたの?」
「…ああ。いや、何でも。ただの考え事さ。ほら、思い出こんなんあったな~って思い返してただけだよ。おっさんはいちいち感傷に浸っちゃうんだよ。」
嘘はついてない。
「…本当に?まあ、兄さんが言うならそうなんだろうね。それよりもう一回ミロ出してよ、本当に、美味しいんだ。」
彼が、にっこりと笑って。それを見たら、思い出した。
「…ははは。…なんだよ…簡単な事だったな…。」小声でつぶやく。
「?なんか言ったかい?」
「いいや、なーんでも!なんか急に元気になっただけだよ!なんだっけ、ミロ?いいとも、また出してあげようとも!ほらほらほらほら、どんどん注いでいくぞ!!早く飲まないとテーブルがミロで埋まってしまうぞ!!」
「えっ?どうしたんだい急に!あわ、あわわ。ていうかそんなことしないでよ兄さん!そんなはしたない真似できないよ!!」
「じゃあ僕が飲むからな!!!そこでミロが飲まれる姿を指をくわえて見ているがいいさ!!!!」
ちょうど昔の僕みたいなノリ。昔よりちょっとうるさいかな。ロゼのが移ったか。
…うん、そうだったな。元から好きとかいう、そんな感情はなかったな。大体いつからそんな低俗な物になったんだ?僕はそもそも、彼に惚れてるとかじゃなくて、彼と一緒にいたかっただけだろ。彼との時間が楽しくて、尊くて、価値あるものだったから。僕は彼に結婚を申し込まれた時、結婚してもいいなって思ったんだろ。別に一緒にいれるなら別に結婚じゃなくても、いいじゃないか。本当に、考えてみれば簡単なこと。勝手に落ち込んだ五分前の自分が馬鹿らしい。……はあ。いやまあやっぱしちょっと惜しかったけど。そんなことよりも僕は君が幸せになってくれることを願う。どうかズリエル・アボットなんかじゃない、もっと素敵な人を見つけて、結ばれますように。…なんてね、親か。前もこんなこと言ってた気がするぞ。
「…さて。ミロもなくなっちゃったし。もう僕は仕事に戻ろうかな。」
「ほとんど兄さんが飲んでたけどね。行ってらっしゃい、ズリエル兄さん。頑張ってね。」
「…うん。ありがとね。久々に話せて、すごく楽しかったよ。またね。」
そう言って、食堂を後にして。歩きながら伸びをする。あーーーーー。濃密な30分間だったな。全く。本当に…罪深い子。そういうとこもいいんだけどね!!!!!!!!!今からは溜まってた仕事頑張れそうな気がする。よーし働くぞー。
食堂から遠く離れて、心の中で、そっと告白する。…君がいたから、今の僕がある。この感謝の念は君との約束がどうなろうと、変わらない。本当に、ありがとう。エリファレット・マンスフィールド・モーガン。僕の記憶から君の名や行動が消えることはない。最大級の敬意を、君に。
…ちょっと大げさかもしれないけど、こんくらいでちょうどいいんだよ、彼には。
僕はこの後ミロの飲み過ぎでお腹を壊した。仕事はまた進まなかった。今後冷たいものを大量に一気飲みしないことを誓った。
望坂おくらさんのエリファレット・マンスフィールド・モーガン君、
名前だけですが公式リードキャラクターのエルザ・プラマティテさん、
みきちさんのデヴィット・ドリトル君をお借りしました。
ありがとうございました。