かきごおりのお庭。

企画の小説とか書いていきます.

それから、眠って。

【それから、それから。】の続きとなります。

 

「…おはよ。」

「はい、おそよう。もうお昼だよ。よく寝たね。」

昼の、1時。丁度だ。大時計台の鐘が鳴る音が聴こえる。

「ご飯は?食べるなら用意するけど。」

「んん………いらない…。あったかい飲み物欲しい…。」

「はいよ。何がいいの。」

マグカップを棚から二つ取り出して、洗い物をしていた手を洗って拭い、キッチンからテーブルへ向かう。

「………なんでも………。」

「なんでもは困るな…じゃあ…カフェオレでいいかい。寝覚めにはいいんじゃない。」

蝙蝠の描かれたコップ、雨の情景が描かれたコップにそれぞれスプーンを入れて短く祈る。そして、湯気を伴い茶色の液体が匙のへこみから湧き出す。八分目か七分目といった所で祈りを止め、ソファに座り目を擦っていた彼に差し出す。

「ありがと……。」

「眠そうな目。先に顔洗ってきたら?」

「これ飲んだら行く…。」

「ん。」

同じソファに体を投げ出して、髪の毛と首から下げたロザリオを揺らし座る。隣でロゼがソファの振動に同調して少し揺れた。

「ちょっと…あぶない。こぼしたらどうすんの。気をつけてよ。」

「あ、ごめん。…一人の時の癖がまだ抜けてないのかな…。」

同じ飲み物を、同じタイミングで、同じ場所でゆっくり飲む。別に特筆するべき事でもないし、財団の習慣だったティータイムとあまり変わりはないけれど、何となくこの時間が、今は特別に思えるだけ。その内日常の一部になるのだから、今、少しくらい感傷に浸っていたって文句は言われないだろう。

「…ね、ズリエル。」

カップを両手で持ち、口の近くに寄せたまま横目でこちらを見ながら話しかけてくる。

「ん?なあに。」

「ズリエルは財団、どうするの?俺はもう辞めちゃったけど。ズリエルが残るなら、俺も復帰しようかな、なんて、思ったり。」

「あー。…まあ、続ける予定だよ。今の所。やりたい事もあるから、もうちょっとお金貯める。ただ、近いうちに辞める予定っていうのは決まってる。…無理に復帰する必要も無いんじゃない。ロゼがそうしたいならすればいいとも思うけど。」

「…そうなの。…どうしようかなあ。うーん。」

隣で丈に合わないよれよれのYシャツを着たまま伸びをする彼。…一夜明けたが、未だに小恥ずかしい。まあでも見なきゃいいんだよ。多分。

「…今すぐ決めなくても、大丈夫でしょ。悩め悩め。…まあ、復帰してくれたら僕はちょっと嬉しいかもだけどね〜。」

ちびちびと飲んでいた人肌くらいの温度になったカフェオレをぐいっと飲み干して、ソファを立つ。美味しかった。

「えっ本当に。…あれ、どこ行くの。ちょ、ちょっと待ってよ。聞きたい事まだあるんだけど!」

「ん?ちょっと食器片したかっただけなんだけど。…まあいいか。はなそう。」

先程座っていた位置に戻り、置かれたコップにおかわりを注ぐ。今度はちょっと苦めに。

「あ…ありがと。……何でもないこと、………じゃないかもしれないけど、……あの、やりたい事って?」

「…今言うつもりじゃなかったんだけどねえ。」

「えっ。いや言いたくないなら全然…。」

慌てるロゼ。そういう所、変わらないね。

「ううん。いいよ。………僕の出身、知ってるでしょ。」

「え、ハイランド…。ああ、孤児院の事………?」

「そう。あそこって元々、夫婦1組だけで切り盛りしてたんだけど、人手が足りないらしいんだ。お金は国からの援助もあったと思うし、僕も仕送りしてるから問題ないとは思うんだけどなんせ田舎だから。…それで、僕から提案したの。孤児院引き継いでもいいかって。」

「………え。孤児院継ぐの?あそこの?本当に言ってるの?」

「大真面目だよ。恩返しがしたくてね。………まあ、受け入れてはもらえたけど、ゆっくりでいいって言ってたから。そんなに近い未来じゃないよ、多分。」

自分の指や手首のブレスレットを弄りながら話す。何となく恥ずかしくて、落ち着かなかった。やりたい事、人に話した事とかあんまりなかったから。

「…そうなんだ…。…ズリエルがそう決めたんなら、俺はいいと思うな。うん。…ていうか、ブレスレット。着けてくれてるんだ、ね。」

「…ああ。これか。大切な人からのクリスマスプレゼントだよ?しかもペアって。着けない理由がないじゃない。…ありがとね。嬉しかった。天照から、ずーっと着けてたよ。」

そう言って、ロゼの手首をまじまじと見る。淡いピンクゴールドと言えばいいのか。僕のはシルバー…かな?まあ、色なんて正直二の次に近くて。僕にとっては、貰い物で、ペアで、何より、君が選んでくれた物っていうのが、一番の価値であって。…言葉には出さないけど。だって恥ずかしいじゃないか。ねえ?顔を赤くしてますけど、ロゼールさん?わざとニヤニヤと口角を上げて目を合わせる。意地悪だなあ、我ながら。

「…う。そんな顔で見ないでよ。恥ずかしくなる。ていうかそう!簪!思い出した!返してもらってないよ!」

「あー、あの桜のやつ。……次のクリスマスまでお預けね。」

「え、なんで!!」

「僕の事忘れて貸したのはそっちでしょ。仕返し終わってないって僕は言った。さーもう話は終わりだ。顔洗っておいで。僕は洗い物とか干した洗濯物の取り込みとかが残ってるの。はやくはやく。」

「ちょ、ちょっと…!!二人になるとすぐ強引になる!!」

「ほらほら行った行った。もう3時だよ。戻る時にはおやつも用意しておくから。」

「え、もうそんな時間。いやそうじゃない!おやつで釣ろうなんて子供じゃないんだからさあ!」

「さーてそれはどうかなー。まだまだ子供な気がするけど。」

コップを二つ片手で掴んで立ち上がりシンクに向かう。こいつらを洗って食器を片付けたら、洗濯物を取り込もう。そうしてまたおやつを食べながらお茶飲んで、それも終わったら丁度いい時間だろう。

「たった5歳違うだけでしょ!!はぁーもう…。顔洗ってくる…。」

「ん、行ってらっしゃい。」

ふう。ため息をつきながら、杖を持ち冷たい水を魔法を使って動かし始める。コップの淵までしっかりこそぎ落とすように。片手はしっかり使わないと裏まで洗えないから、どうしても濡れてしまうのは少し残念だけど。魔法と言えど万能ではない。あくまで奇跡の一種。奇跡は望む全てを叶える都合のいいものではない。何となく、そう思う。

汚れの流し終えたコップを静かに置いて、食器棚から皿を2つ、菓子類をあれやこれやと放り込んだ箱からクッキーの入った小袋をそれぞれ取り出す。そろそろロゼも洗顔し終わる頃だろう。ダイニングテーブルの真っ白な表面に小気味いい音を立てて皿を置き、その上に小袋をまた乗せる。そして洗濯物……は………。あ……………。ロゼの服……だよねあれ……。………あいつ勝手に…………やめとこうか。今日は。うん。見なかったことにしよう。流石にあいつの服を触るのはまだ恥ずかしい。脱がすのとはまた違う気がするんだよ。そう自分に言い聞かせた。

…ああ。カップ用意するの忘れたな。お茶を忘れたらダメだろう………。何してるんだ………。調子の崩れた自分に呆れながら、また棚に向かっていく。と。足を一歩運ばせた時。呼び鈴の音。え?もう?早くないか。はあ…。まあいいけど。ロゼが出ていこうとするのを止めて、慌てて外へ応対に出る。

 

案の定だった。早いほうがいいですよね、お買い上げありがとうございました!なんて屈託のない笑顔で言われても、こっちは苦笑いで受け取るしかできない。箒配達屋は気分屋が多いのが玉に瑕。でもその気分屋が良い方向にはたらくことも多いから、頭ごなしに否定することは出来ない。まあ、結局運んでくれるのはありがたいから、別にいいのだけれど。

「…何だったの?」

顔を洗い終え、タオルを片手に持ったロゼが聞く。

「………秘密。気になるなら着いてきなよ。」

「うわ。何その言い方。…まあ着いてくけど。気になるし。」

向かうは、物置と化していた共同寝室。窓から射す明かりが少し眩しい。ロゼの寝ていた間に片付けておいて、十分なスペースは確保してある。二つの足音を弾ませ、部屋の真ん中へ。

「…何ここ。広くない?なんかするの?」

「まあそういう目的の部屋だったから、広いの。…えーと、どこかな。これか?」

正方形の箱に張り付けられた魔法陣の描かれた札を剥がす。そして箱を静かに、面を間違えないように床に置き、即座に離れる。

「ロゼ、こっち。そこいたら危ないよ。」

「え、え?わかった…。」

とてとてとロゼがこちらへ歩いてくるのを見て、二人、視線を箱へ向ける。そして数秒後、箱は光とともに破裂する。そして光の中から現れるのは。

「うわっ…………光るなら言ってよ…………。」

「……悪かったね。まあ目を凝らして見てみなよ。」

「ううん……?………あ………これ。」

「うん。見りゃわかるね。ベッド。買ったやつ。カバーも枕も掛け布団もついてるのは知らなかったけど。だから高かったのかな。いやおっきいねーこれ。」

「え………えっと………来るの早くない………?昨日の今日だよ………?」

「なんか店の人が融通きかせてくれた。カップルなら早めに届いた方が嬉しいでしょう?だって。ちょっと鼻についたけど届いてみれば嬉しいもんだね。………ロゼ?」

ロゼが目を丸くしてまた固まっていた。どうしたんだ。

「…え?あ…いや。その………これで寝るんだって思うとちょっとさ………なんか、恥ずかしくならない…?」

ほのかに頬を染めて、こちらを見上げてくる。うーん。わからないでもないけどさ。…あ、いいこと思いついーた。

「…そう?…じゃあ…今のうちに慣れとく?」

「…え?あ、待っ――――――」

なんか察していたみたいだが、そんなのは気にしないし、聞こえない。気を抜いていたのをいい事に、お姫様抱っこ。男だけど。

「ちょっ………とぉ!!」

「え?何どうしたの?顔が赤いよ?熱あるんじゃない?尚更…待って、なんか軽くなってない?」

「え、知らない…。あ、でもなんか…食事は確かに最近あんまりとってなかった……かも………。」

…ああ。そうか。あれだ。彼の父上の…あの人の計画のせいだろう。…さらに元はと言えば僕のせいだが。………。

 

「…ズリエル?」

目を見つめてくる。…そんな眼で見ないでくれ。

「…ん。ごめん、何でもないんだけど、ちょっと…。寝たいな…。」

顔を背け、ロゼを下ろす。悪かったね。

「急にそんな顔して…。さっきまでのノリはどこに行ったの。」

「ちょっと、思う所あっただけ。…悪い、寝かせてくれ…。」

真新しいベッドに倒れ込む。寝返りを打って、ロゼに背を向けて目を閉じる。…だいぶ遅めの昼寝。許してね。そうして罪悪感を抱え見ぬ振りをしながら目を瞑っていると、ベッドが揺れた。瞼を上げれば、そこには寝転んでこちらを見るロゼの姿。

「…何してんの。いっぱい寝てたんだから眠くないだろ。」

「眠くなくたって寝たい時あるでしょ。…そんなもんだよ。」

…嘘つき。

「…あっそう。顔、赤いけど。」

「えっ。」

慌てた様子で頬を手で覆う。思わず頬が緩む。

「うーそ。」

「…はぁ…?…ま、いいよ…。」

目を細め、じっとこっちを見つめる彼。

「…ありがとう。」

「…何のこと?俺が寝たいから、寝るんだって。」

…その顔で言われてもね。本当は恥ずかしくてたまらないだろうに。…優しいなあ、君は…。変わらない、本当に…。

 

なぜか、彼が眩しく感じた。

 

…優しい嘘を、どうもありがとう。おやすみ。互いの手、指と指の先同士を、僅かに触れ合わせながら。二人、眠りに落ちていった。