かきごおりのお庭。

企画の小説とか書いていきます.

夢夢

ここは、夢の舞台。

スロットから垂れ流され、その輝きの眩しい金貨の滝には誰もが涎を垂らし。何段も積み上げられた透明なグラスのタワーから沸き起こり、泡を立てる黄金色の液体は誰もを潤し。雑踏の中、秀麗な衣装に身を包む端整な者達は鮮やかに、そして優雅に。人々を魅了しては、夢の世界の更なる深みへと彼らを誘「イェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」…う。

 

ここは甲板。この豪華客船、メイジー号の最上部。そんなメイジー号は、誰かさんの余興のせいで空を泳ぐ。ふわりと不思議で穏やかな揺れの感覚と、見渡す限り360°、全天の下に広がる海のカーペットの所々に起こる波の瞬きと、微かな潮の「エッ無視!!?!?ねえ無視!!!?!??!?あの渾身の叫びを無視なんて中々やるね?????めちゃくちゃ苦労してわざわざ来ちゃったんだぜ?????多少のもてなしくらいあってもバチは当たらないぜ????あっもしかしてシャイ???シャイガイかい???????まあ分からないでもないけどもてなしの心ってのはやっぱ大事にするべ」…香りを楽しみながら、気紛れに出張するクラブ・キノタケのバーテンダーが振る舞う絶品の酒を煽ることが出来る。

だが、今は良い子も眠る夜の10時。尤も、この船の乗客に"良い子"の括りに当てはまる人物は数える程しかいないだろうが。眠るどころか起きてくる輩もいるのだから、刻限なんてものは海の藻屑にでもしてきたか。そんな人々が熱狂に当てられたか、はたまた夜の下広がる、普段は見られない上からの視点の静かな海を楽しみに来たか。人が足をそこらじゅうに広げ「オイオイオイオイオイちょっと台詞ぶっちぎるのは頂けないんじゃな〜〜〜い??????台詞切っていい奴はバラエティで筆舌を尽くす芸人と訳の分からん弁論で時間を潰しまくる政治家だけだって学校で教わらなかったのかい?????????????ねえ??????????」…る中、笑顔で淡々と酒を振る舞い続けるバーテンダーが、一人。長めのエプロンをつけて、長い金髪を後ろで一束にくくり、片目だけを覗かせるその碧眼は、物憂げに沈んでいて。

 

「アーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!もう!!!!!!無視はひどい!!!!!!!!!!!!何回言わせるつもり!?!?!?!???!!!?!?!!!!」

「…煩い。アンタ誰に言ってんだよそれ。」

物憂げな視線の先は、先程出したカクテルのグラスを片手に明後日の方向を向いて叫ぶ、頭からわかめを生やした一般ホスト。落ち着いた白のスーツは着るものが着ればそれですら主張を激しくする。懸賞で当たったなどと吐かすスニーカーが非常にミスマッチ。勿論褒めていない。

「アーー………天の声?的な……。」

「ハ。……何でもいいけどそれ、他所でやってくんないかな。そろそろ営業妨害でしょっぴかれても文句言えないよ?…あ、ありがとう。」

運ばれてきた空のグラスを洗い始めながら、喧しげなホストと会話を交わす。

「き〜〜みさ〜〜〜〜??詰まるところの師匠がわざわざ遊びに来てんだぜ?すっこしくらい笑顔見せろよな〜〜〜???」

「お客様なら見せたけどね。……はぁ。師匠ヅラできる立場じゃないじゃん。大体アンタ何しに来てんの。さっさと本店の方で稼いできなよ。」

「オッそういう事言っちゃう?ねえ言っちゃう????ああ〜〜〜〜〜〜傷付いた〜〜〜〜〜本当に行っちゃうぞいいのか〜〜〜〜?????」

「早く行けよ。お前のせいでさっきからお客が寄り付かないんだよ騒々しくて。シッシッ。」

洗い終わったグラスの水を慣れた手つきで丁寧に拭き取りながら、態とらしく構ってちゃんを演じる喧々たるホストを睨みつける。手払いも添えてやった。

「はーーーーっ!!!!!!冷たい!!!!!!いつからそんな子になったんだお前は!!!!!!!俺そんな子に育てた覚えないよ!!!!!!!!!」

「お前の子供じゃないし。行くならはよ行けって。」

「ほーんと冷ややか。……まっいっけど。……なあ、君ホントにあの子のこと覚えてない訳?」

あの子。それを聞いて、バーテンダーのグラスを拭く手が止まり。やがて、口を開く。

「……あの子、ね。……大切な人だったんだろうなってのは、何となく分かるんだけど。姿形すら覚えてないとなると、流石に探しようも無くてさ……。」

そう言ってグラスを置き、胸元からシャツの下に入れて、ネックレスとして吊り下げられていた指輪を取り出し、掌の上で眺める。側面に十字の彫られたピンク色の指輪。結婚指輪かなんかだったんだろうか。確認する方法は、思いつかない。

「ふーーーん。……ま、その内いい事あるだろ。…それじゃあ、また何処かで。」

頬杖をつきながら聞いていた男は、そう言い残して手を振りながら甲板を後にして行った。多少ふらついていたのが気になったが、まあ少し痛い目でも見ればいい。

…黙ってれば気品漂うのにな。勿体ない。

 

 

…そうして嵐の過ぎ去った後、しばらくの間続けて接客をしては、要望に合わせた酒を振る舞い続けていた。

デッキからは人が居なくなりかけて、今日はそろそろ畳んで戻ろうか、なんて考えていた頃。一人の乗客らしき人物と、いつの間にかカウンターを挟み向かい合っていた。

 

「……もう畳んじゃうの?」

帽子を深めにかぶって、顔を隠していた。カウンターに両膝をついて、手の甲で頭を支えて。目は見えないが、上目遣いで話しかけてきて。声からは、男性のように思えた。

「……あ、れ?…申し訳ございません、気づくのが遅れてしまいました……。失礼しました。…お客様の要望であれば、如何なるドリンクであれ用意させていただきます。」

「……へえ。」

面白そうに首を傾げ、にこりと口角を上げて。

海が、ざわめいていた。

「…本当に?」

「ええ。」

「二言はない?」

「ええ。」

「本当の本当のほんっとーーーに?」

「……ええ。」

からかう様に返ってくる返事を、全て肯定で返す。実際、今ならほとんど何でも出せるのだから。嘘ではない。大量に酒を飲んだ地獄の初日を忘れてはいない。

 

「じゃあ………」

 

不意に、海からの強風に襲われる。髪の毛が靡く。それでも、彼の注文を聞こうと、彼から目を離さなかった。彼の深くかぶっていた帽子が、突風に煽られ、宙を舞う。

 

目を離せなかった、といった方がきっと、正しかった。

 

不敵な笑みを浮かべて、彼は言う。

 

 

 

「───君の血、とか。」

 

 

 

 

風に飛ばされ巻きあがる帽子をよそに、それに収められていたストロベリーブロンドの髪が、ふわりと舞って。

優しいバラの匂いが、後を引く。

 

風に揺らされて、月に照らされて。紫と碧のオッドアイを妖しげに煌めかせて。

 

 

 

夢の終わりは、きっとすぐそこまで来ている。カーテンコールが、今か今かと待ちわびている。

 

せめて、現実で無いのなら。

夢の覚めるその瞬間まで。

ただ貴方と、現を抜かして踊っていたいから。

 

 

記憶を越えて、何処までも。 

 

 

 

MAGGYこと、謎のホストMさんと、

春宮さん宅のロゼール・レッドフォードさんをお借りしました。

ありがとうございました。