白恋に散る
波の音を聞いている。波の音しか、聞きたくなくて。今は一人で、一人になりたくて。
人気がない所をわざわざ探した。歩いて歩いて、空と海しか見えない場所に辿り着いた。
適当な防波堤に腰を下ろして、ぼうっと、起こったことを振り返っていた。夜色に染る海を見て。好きだった景色を眺めて。色はもう、分からないけれど。
振り返っていたのは、すぐ前のこと。
そこは静かな裏路地で。上を見上げれば、歪な伸び方をしたビルに挟まれた空の景色。色を失った灰色の空の中で、雲が影から影へと移ろいでいた。
そんな中に君を呼び出して、思いの丈を伝えたんだ。白い前髪が、ふわふわ揺れてた。
規則なんかに縛られない君への憧れとか、やることなすこと僕の常識をぶっ壊していった眩しさとか。
あとは、ようやく自覚できた、君への恋心とか。
思い残す事なんてないように、もうこれ以上ないくらいに綴って、やっぱり少し気恥ずかしくて、君に染めてもらった淡い色の髪の毛を掻きながらも、しっかりと君の目を見て吐露した。
何も言わずに聞いてくれてた。光と影の狭間の中で煙を立たせながら、黙って僕の目をじっと見て。優しい瞳のような気がした。
暑くなってきた陽射しが、汗の滲む肌を焼いていた。
それで。そうして。僕が言葉を紡ぎ終えて、一呼吸して。君が一本目を吸い終わって、地面で吸殻を踏み躙って、一言。
「ごめん。」
簡潔で透き通る声が、頭を叩くように響いて。
分かってた。知ってた。その返事を待ってたんだ。だからいいんだ。それでいいんだから。何もおかしくない。何も間違ってない。そこにしか、答えはない。
前を向いて、震えている喉から言葉を滲ませる。
「うん。……ありがとう。」
ああ、振られちゃった。
諦念と、充足と、哀愁と。その他諸々。色んなものが混じった感謝の念。言われた彼女は少しキョトンとしてたけど。
この言葉がここで出るの、おかしいかな。でも、本当に。心からそう思うんだ。
色々なことを教えてもらったから。君にも、君じゃない君にも。どれだけの勇気を君から貰ったでしょう。きっと計り知れない。
僕の言葉を受け止めて、彼女は影に溶けるような薄い笑みを浮かべて、その場を去った。
「またね、金麦。」
そのあだ名、おかしいってば……。
彼女が消えるまで笑う事で精一杯で、声は形にはならなかった。
保険を、かけていた。
『たとえ良い結果にならなくても、胸を張ろう』
『きっといい返事は返って来ないけれど、それでも言おう』
『大丈夫』
『ああ』
『笑うんだ』
『 』
「……あれ」
気づけば。ぽたり、ぽたり。
「なんで……」
幼い熱。緩やかに溢れ出す感情。
「う、っう……止まれよ……」
色を失った瞳に浮かんでくる涙を指で懸命に押し流す。解けた緊張で、抑え込んでいた想いが堰を切ったように流れ出す。
「っ、う、うあああ……!」
そうか。僕、泣きたかったんだ。
悲しくて、辛くて。
見られたくなかったんだ。泣く姿。
今更に、込み上げてくる涙。子供みたいにしゃくりあげて、泣いて、泣いて。頬を真っ赤に染めて、鼻水も垂らして。空を仰いで、すすり泣いて、嗚咽して、声を上げて、瞼が痛くなるほど泣いて。
「あああああぁぁぁ……!」
胸が痛いんだ。喉が裂けるようだ。捕まった時だって、悔しさに慟哭した時だってこんなに泣かなかったのに。
波の音をかき消すほどに泣きじゃくった。夕焼け空の赤が滲んでいる。
防波堤のコンクリートが濡れて黒く染まっていく。どれだけ染めてもまだ足りない。
これでいい。これでいいんだ。どれだけ言い聞かせても涙は止まらないけれど。明日は明日を生きるから。今日の感情は全部、今日に置いていこう。
ありがとう。これで、本当にさようなら。僕の初恋。