何の変哲もない朝。
am06:03。日光がカーテンの隙間から漏れ出す時間。
同居者を起こさぬよう静かにベッドからもぞりと起きて、ドアをくぐってリビングへ。だらしなく伸びた前髪をまとめるためのヘアピンをつけて、目をこすりながら顔を洗う。
「なんか…あったっけ…?」
パンが見つかった。パンしか見つからなかった。三つ編みの人にひとっ走り行ってきてもらおうなんて思いながら、パンをトースターに放り込む。
お気に入りのマグカップと木製のティースプーンを取り出して、一瞬祈る。僕がこのティースプーンに祈ればなんだって出てくるんだ。なんて歳不相応なことを思いながら、スプーンから湧き出した珈琲を啜る。
ん、今日はいつもよりちょっと美味しいから、体の調子はいいだろう。
さて、パンが焼けるまでちょっと家事でもしましょうか。洗濯物を取り込んで、畳んで、仕舞って…。…一緒に住んでるバイクの人の面倒見が良すぎるせいで何もやることがなかった。強いて言えば買い出しくらいだけどこの時間はちょっと。
なんて考え事をしてたら彼が起きてきていた。
「早ぇな。何かあったのか?」
「おはよう。別に何もないよ、たまたま早く起きただけだよ。」
笑いながら言う。ていうかなんか忘れてるな。なんだ?
「あぁ、おはよう…っと。朝はもう何か食べたのか?」
「あ。それだ。」
「は?」
一人で勝手に結論に至って納得。きょとんとする起き抜けのロイ君。そりゃそうだ。
「いや。パン焼いてること忘れてたんだよね。でもおっかしいな。もう焼けてていいはず…。」
「…お前これ。トースター押し込んでねえだろ。」
わあ。そういうオチかこれ。
「お前…お前さあ…。」「わーーーーっ。まって。落ち着こう。Hey。今なら何でも好きな飲み物出してあげよう。だから向こうで言いふらさないでほしい。」
「別に落ち着いてるし逆に言いふらす気なんかあると思ってんのか…じゃあまあ、甘めの紅茶。ミルクも頼んだ。あつあつな。」さりげなく自分の分のパンを入れて、トースターを押し込みながら言う。
「ほいほい。それじゃあちちんぷいぷい…なんて。」
天照?の言葉だったかな。呪文かなんからしいけど。小さく呟いて、新しく出したカップとスプーンに、また祈る。紅茶とミルクで二回。ロイ君的にちょうどいい比率はもう考えなくても出せる。でもおかしくないかなその比率。出すたび思うよ。
「できたよ。ロイ君用特製ブレンドお待ち。」
「ん、どうも。……なんだかんだ、美味いよなあ…しかも今日結構調子いいだろ。」
「わかる?ロイ君も僕に慣れてきたね~~~♡」
だらしない笑顔をついついしてしまう。自分の出した茶を美味いと言ってもらえて。人とお話しができて。こんな他愛のない会話でも、人の性質はそこかしこに出る。色んな人ともっと話したいものだ。うん。
「そのパン食べたらもう僕は行こうかな。ロイ君どうする?遅めに出るなら鍵置いてくよ。」
「おう。置いといてくれ、ちゃんと鍵は閉めていくからよ。」
何度だって、こんな朝を。こんな朝を迎えたくて僕は起きる。人と話したいから僕は起きる。色んな人と、もっと。もっと。
彼と焼きあがったパンを食べて、それから上着を着て大英博物館へ行く。今日はどんな人と話せるだろうか。どんな内容を語り語られるだろうか。誰にどんな飲み物を入れてあげられるだろう。今日という日が、特別な何かの始まりな気がした。
ロイ・エンフィールドさん(塩水ソル子さん)をお借りしました。ありがとうございました。