かきごおりのお庭。

企画の小説とか書いていきます.

二人の間。

………なんかわかんないけど、イライラする。

少し日の過ぎた朝。

普段は滅多に起こらない苛立ちを隠しながら、ホテルの廊下を歩幅を広く取り足早に歩き、フロントに向かう。何故無性に腹が立つのか。その原因すら分からず、また煩わしさが募っていく。

 

フロントにつけば、そこは多数の財団員で賑わっていた。…ああ。そういえばそんなのあったな。しかも明日だったっけ。確か数日前に、西京23区各地での集団行動が命じられた。なんでも財団員同士で同じ場所で同時にディレイカウンターを起動し調査、その結果を比べあうことでより精度の高く、立体的な時間遅延の情報を得ることが出来るらしい。

…普段ならこういう所でこそ乗り気になるというか、やる気を有り余らせるというのに。今回に限ってはその有り余らせるものも、行動源になるものすらも沸いて来なかった。もしかしてこれも、マクガフィン?…馬鹿な事。そんな事、ある訳がないのに。

座り心地の良いふわりとした一人用のソファに座り、Mr.Dの持ってきたのだろうティーセットを借り用い、自分用の紅茶を入れる。目を覚ますための温かい紅茶。上出来に淹れられたそれを飲んでもまだ、苛立ちは晴れなかったが。

紅茶を飲みながら横目ではしゃぐ財団員を見る。…ロイ君、ロミーさん、エドマンド君、ニール君、……他にも浮足立つ人たちはいたが、特に僕にとって際立っていたのは、彼らだった。

…彼らを見ると自然と頬が緩む。本当に恋仲というのはいいものだ。互いに励まし、悲しみ、心を通わせる事が出来る。

 

…ロイ君、すごい照れてるな。家じゃそんな姿見せないから、すぐわかるよ。見た目によらず案外経験少なかったんだ。何か羨ましいよ。家でからかってやろう。

エドマンド君もね。女好きの君がニール君をはべらすとはどういう了見だい?今度家でゆっくり聞かせてもらおうか。話の次第ではおやつは抜きだな。

 

…さて。喉も心も温まらせてもらった。苛立ちも少しはごまかせた。今の内に、少し散歩でもして気分を紛らわせてしまおう…。

そう思い立ち上がって歩き始めた矢先。目に入るのは。綺麗な薄い薔薇色の髪をした青年。楽しそうな笑顔をしていた。瞼を閉じて、横を通り過ぎていく。誰と話しているのかは、今は見たくなくて。

…………分かりたくなかったが、何となくこの苛立ちの原因が、分かった気がした。今は少し、置いておきたい。

 

肝心の散歩は、全く捗らず。むしろ少し気分が悪くなってしまったかのような感覚。ショーウィンドウに並ぶマネキンの着こなす男性物のロングコートに目を移らせながら、街を歩く。目的は最早なんでもなく。あるのはあの場所にいたくないという理由だけ。夜までひたすらに時間を潰し、気を紛らわそうと努める。とても、戻れるような気分ではなかった。

 

結局、夜でさえこのむかつきを静めてはくれなかった。なんとも扱い辛い感情だ。どうやったら消えてくれる?そんな疑問を胸にホテルへ戻れば。僕の部屋のドアの前で待つ、退屈そうな彼の姿。

 

「…遅かったね。どこ行ってたのさ。」

「…ちょっと散歩に。お前こそ、そんなとこで何してるの。」

「ちょっとっていう割には、長くない?昼前にすれ違ってから一回も見てないんだけど。」

「…服。服見てたんだよ。明日のための。僕は独り身だからさ。…ここの夜は冷えるし、明日も動き回る。早めに寝たいんだ。そこ、どいてよ。」

増してく苛立ちを隠しながら、言い訳をする。ロゼの前に立って部屋へ押し通ろうとする。

「…やだよ。」

「…はあ?こういう時にその面倒くさい癖、やめてくれないか。どいてくれ。」

「なんで。」

「だから寝たいからって…。」

「なんで誘ってくれないの。明日。独り身?俺がいるのにどうしてそんなこと言うの。いつも、いつも俺から誘ってる。ずっと待ってたのに。せっかく天照に来る前に付き合えて。色んな事したいのに。どうしてこういう所で誘ってくれないの…。」

 

つい、面を食らってしまう。その驚きとは裏腹に、散々僕を悩ませた苛立ちは嘘のように消えていった。…なんとも簡単なことで消えるものだ。しかも、考えていた事は大体一緒。あまりの可笑しさに、つい失笑してしまう。

 

「なんで笑ってんの…。」

怒りと悲しみが混じるロゼの潤んだ瞳と震えた声。

「…いや。僕らはまだ不器用だなって思って。…ごめんね。僕が悪かったよ。もっと早く、気付ければ良かった。」

「今更謝ろうったって…。」

「…じゃあ、こう言うべきかな。」

姿勢を変えて、目線をロゼと同じ位置に落とす。

 

「…明日。僕と一緒にデートしてくれませんか。この貴重な時間を、君と過ごしたい。付き合って、もらえますか。」

目と目を合わせて。視線はそらさず。

「…うん。いいよ。そこまで言うならね。仕方ないけど付き合ってやらなくもない。」

「…それは、良かった。じゃあ今から服買いに行こうか。」

「え…え?今から?夜だよ今。」

「だからさっき服見てきたって言ったでしょ。僕だって君と回りたかったし、大体僕にここまで言わせるんだから。それ相応は付き合ってもらわないとね。そもそも夜行性だから別にいいでしょ。…ほら、ん。」

そう言って、手を差し出す。どうせ誰か他の人が見えた瞬間離してしまうだろうが、それでも。

「…わかったよ。付き合ってあげる。じゃあ、行こ。」

手を握り返してくる。全く、どちらも本当に不器用で、扱いにくい。でもしょうがない。関わりあった期間こそ長けれど、互いが互いを知ろうとした時間は比にならないほど短いのだから。これからでいい。ゆっくりでいい。少しずつ、この愛を温めていこう。今はたった少し、手でつまめる量かもしれないが、きっといつか、抱えきれないくらいにはなるさ。抱えきれなくなれば、二人で支えればいい。君と、永劫にそんな時間を。

 

夜の街に二人。笑いあう男と男。

二人の間は普通のそれより遥かに異質。されども異質は時に超常すら見せる。

そして超常は、時とともに常態となっていく。どうかその常態が、限りなく続いていきますように。

 

 

 

春宮さんのロゼール・レッドフォード君、名前のみですが塩水ソル子さんのロイ・エンフィールド君、びーさんのロミー・ブレイスマンさん、アイさんのエドマンド・キャンベル君、豆腐屋ふうかさんのニール・ハミルトン君をお借りしました。

 

ありがとうございました。