ある日の夜のこと。
【未来ifです。】
最近、ロゼがやけに素っ気ない。いつもツーンとしているというか。…僕、なんかしたか?思い当たる節が………なくはない、けど………………ええ?いやどれもこれもそんな大したことじゃないしそもそもあんな事やそんな事でこんなに不満を垂れ流し続ける奴じゃあない。………ん?ん?考えれば考える程わからない。ドツボにハマっていっている感覚がする。うーーーんわかんない。帰ったら直接聞けばいい…かな…。いや何だかんだロゼも繊細だものなあ…うごご。
なんて悩みながら財団の仕事を終え、帰宅する夜。すっかり遅くなってしまった。ここ最近仕事が立て込んだというか。お前これ悪意他意あるだろみたいなマクガフィンが多すぎて研究やら実験やらで時間に追われまくっている。外の人達仕事し過ぎだよ。君らが収容したら僕らが研究するんだよ。全くもーーー。楽しいからいいんだけどさ。中にはエッグいのもあってゲンナリしたりするけど。でも一番げんなりするのは調査を終えた後の書類まとめの時間なんだ。無駄に申請とかあって無駄に時間かかるし無駄に筆記だし。あそこだけは本当になんとかならないか。魔法で書ける人とか楽なのかなあ…。…どっちにしろ疲れるのは変わらなさそうだ。…気づいたらまた愚痴だ。やめやめ。もう夜も遅い。さっさと帰ろう。
そう思って、歩幅を広く、歩調を早めた。目指すは彼の待つ僕の家。どうせ寝てはいないだろう。ゆっくり話すとしよう。
「ただいまー。」
「…おかえり。遅かったね。」
最近はいつも帰りが遅い。…まさかこれか?んな訳ないか。子供じゃあるまいし。……姿が見えないと思ったらソファの上で体育座りをしていた。何かあったのか。
「…どうしたのそんな所で。ご飯は?食べたの?」
「…。」
無言でキッチンの方を指さし頭をうずめるロゼ。…ああ。これは………なかなか………。なんだこれ………ん、んん………肉………肉かな………?冷蔵庫を開けてみると丁度ステーキ用の肉が2枚ほど消えていたので、きっとステーキ………だよね…………?流石にこんな料理下手くそじゃなかっただろう。ましてやこんなのを作るほど………。焼くだけって言ったら語弊があるが、それでも流石におかしい。
「…ロゼはちゃんと食べたの?」
やはり無言で、体操座りの形のまま頭をこくこくと頷かせる。
「……ふう。うん。」
上着を脱ぎながら、彼の居座り込むソファの前へ。
「…ロゼ。…ロゼール。…顔上げな。」
体制は変えぬまま、頭だけを動かして目を覗かせる。ソファには座らず、目の前で腰を下ろして視線を合わせる。
「…どうしたの。何かあったの。言ってくれないとわかんないな。」
「…なんにも、ない。」
「…嘘つき。目見れば分かるんだよ?何かを隠してるのくらい……。でもその何かは分からないから、教えて欲しい。…ね。」
目線を逸らさないまま、決して威圧的にならないように気を払いながら話しかける。不安だ。
「………き。」
「え?…ごめん、もう一回…。」
「………うわ、き。して、ない…?」
震えてかすれかすれの声から出たのは、それとは裏腹に滅茶苦茶にとんでもない内容。何言ってんの?
「…は?ん?浮気?うわきって、浮気?」
「…ん。」
ちょっと睨まれた。ええ?なんで?
「は、はぁ…………??そんな事するわけ………」
「指輪。」
遮って出てきた単語。指輪?僕が渡したやつ?そんなの…あれ。ない………ああ………研究で指輪汚れそうだったから念の為に外してポケットに突っ込んだんだったかな…?手袋してたのに終わったら謎の液体が手にこびりついて4時間くらい取れなかったから正解だったんだろうけど。
………あっ。しまった。そういう事か………。これもしかしなくても僕が悪いやつだ。ここ最近帰りが遅くて?指輪も外してる?そんなもん疑う気持ちもわかる。しかもロゼだし。どんどん悪い方へ考え込んで何にも手につかない状態だったろうな…本当に悪い事をしたな……。なんでこういう時に限って勘も頭も回らないんだ……。うああ。途轍もない罪悪感が湧いてくる。しっかり説明してやらないとなあ…。ごめんねロゼ。心から謝ります……。
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ぐええ。まず説明に小一時間かかった。あれやこれやに根掘り葉掘りなんで?って聞かれて長引いた。その後お説教されてまた一時間ほど。ついに言葉も出なくなったロゼを宥めるのにまたまた一時間。仕事より疲れたかもしれない………。いや僕が悪いから………しょうがないからいいの……。
気付けば0時を回っていた。明日は休みだから別に寝る時間が遅くなるのは構わないんだけど。…んん。どうしようかな。ロゼももう外に出る気分にはなれないだろうし。…せめてロゼの気持ちが晴れるまで傍に居てやろうかな…。………邪魔かな。わかんないな………。完璧に僕が悪いから…うう。ああやるせない。
二人並んでソファに座り、俯いて、何を考えているのか。一言も言葉も交わさない僕らをもし傍から見たらきっと間抜けにしか見えないんだろう。時々目だけを彼にやってはみるが、その姿勢も雰囲気も変わらない。飲み物でも淹れたら状況が少しは変わるかと思って立ち上がろうとすると、服の裾を引っ張られる感触がして。
「……あの?この手は?」
「…どこ行くの。」
「コップ、取りに行こうとしただけ…。」
「………ついてく。」
「…ん。」
縦に並んで共にキッチンへ向かう。後ろから白いセーターの裾を掴んで伸ばしながら、歩幅を合わせてついてくる。本当についてきた。…なんか、こう……。保護者………?そんな気分……。いや気楽にも程があるだろ…今は反省する時間だろう………。
自分の中で自分に怒ったり後悔したり呆れたりを忙しく繰り返しながら食器棚からマグカップを取り出そうとする。…ロゼもいるかな?
「お前もなんかいる?…………ロゼ?」
顔を下げたまま返事がない。聞こえてないのか?またなんかやってしまったか?それともまだ拗ねてる?顔が見えないから余計不安になる。
「ロゼール………?」
確認の為にもう一度名前を呼んで、顔を覗き込もうとした。した、その瞬間。彼の真っ赤な顔が遂に上がったかと思えば。
涙を垂らす、彼がいて。…なんで君が泣くの。どうして。悪いのは僕だろう。ああもう。また泣かせてしまって。本当に、仕様がない僕だ。
「なんで泣くの……、悪いのは僕じゃないか…。どうして…。」
「…すごく、申し訳なく、なって。ズリエルがそんな、ことする訳ないって分かってる、のに。」
ぼろぼろと涙は止まらず。じわじわと粒が目から押し流されていく。
「ごめん、ごめん、ね。よく、わかんなくなっちゃって。なにも、手につかなくなっちゃっ、て。」
涙混じりに、嗚咽混じりに話すその震える声を聞くことが、とても辛く感じる。純粋で純粋で、どこまで透き通っていて。君を通して伝わる光が僕を焦がしてしまうようで。色々な事を乗り越えた今でも時折、思ってしまう。本当に君のそばにいるのが僕でいいんだろうか、とか。きっともっといい人が君にはいるんだろうに。きっと僕が離さないから、君は離れられなくて。まさかそんな訳ない、って直ぐに思いなおすけど、奥底に染みついた汚れは、うまく取れない。
…ああ。君もこんな気持ちだったのか。こんな複雑で滅茶苦茶な気持ちを抱えていたのか。この数日間、ずっと。本当に馬鹿野郎だ。今でさえ、涙ながらに話す君を抱きとめる事すら躊躇してしまって、動けないでいる。情けなくて、どうしようもない。言葉が出ない。謝る言葉すらも。今、僕はどんな顔をしているだろう。君に見せられる顔をしているのかな。つい、視線を君から下ろしてしまう。見たくなくて。
何も言えないまま俯いて、暫くして、鼻をすする音が聞こえなくなった。つい気になって、目だけを君に向けようとして、その時に。
塞がれる口。呆気に取られてしまってろくに反応もできない。泣いた後の腫れた赤とはまた違う軟らかな赤みを帯びた、その顔が自分の顔と触れそうなほど近くて。穏やかな花の香りが鼻腔をくすぐった。すぐ後に柔らかい唇の感触が遅れてやってくる。下唇を二度、三度と優しく食まれて、ゆっくりと離れていく。あまりにも咄嗟の事で言葉が出ない。
「ぁ…………え……?」
ようやく発せた声は言葉ですらなく。困惑を示す母音の二字。頭が回転をやめて身体は動きが止まる。それでも目は動く。視線と視線が交わるかの寸前、彼が僕の空いた胸にぼすっと顔をうずめる。照れ隠しなのか甘えたさから来るのかすら判別出来ない。頭の中がはてなで満たされそうだ。腕を彼に回すことができない。受け入れてくれるのか分からない。怖い。疑いを晴らせたのかさえまだ怪しいのに。僕からだなんて、とてもそんな勇気は出なくて。
「………………ねえ。」
篭った声。頭を埋められているのだから当然か。次の一声を待つことしか出来なかった。さらに頭をうずめられて、身体も預けられて、言われることは。
「………………したい、です。」
それは、思いもよらない一言で。したい?何を?そんな事を脊髄反射で言いかける口の動きを慌てて止める。何をだなんてわかる、分かってるんだ。だけど。
「……………本当に言ってんの…。」
いつもの僕にやけに臆病だって嘲笑われてしまいそうだ。だって。さっきのことだって全て僕が悪いのに。怒って飛び出されても文句も言えないような事柄なのに。それにしたってあんまりにも突然で。求められて嬉しいのと罪悪感とが入り交じって、どっちつかずでおかしくなりそうな、そんな気分。
「…………俺から誘ってるん、だよ?…もう、気にしなくて、いいよ…。」
「いや、でも…」
「もう、いいんだ。俺の、勘違いだったから。安心、したの。でも、やっぱりちょっとムカつくから。…たまには俺の我儘、聞いて。」
…はあ。ここまでされて、断れるわけも、ない。
「…そこまで言われたら断れないな。ありがとう。…じゃあ、是非。…本当に、ごめんね。」
「もういいってば。」
…敵わないな。本当。
手を繋いで、指を絡ませて。キッチンを後にする。寝室へ向かおうか。寝るために行くわけじゃあ、ないけど。
つづくよ。