かきごおりのお庭。

企画の小説とか書いていきます.

切れかけの糸

…ああ。どうやらまだ、俺は満足できていないようで。

入り組んだ路地の、狭く人目につかないどこか。壁に凭れ、空を見上げ、定まらぬ焦点で流れる雲を追う。自らに問うた、単純な質問の答え。身体から腕をつたい包帯に滲み、それでも先から滴り落ちていく自らの朱い液が、唯一無二の証明。血の抜けていく感覚。心地良いとは思えない。何度味わっても。

残念な事に、異能は嘘をつかない。幾ら自分に言い聞かせても、何をその内に秘めても、自分自身の異能がその全てを暴いてしまう。何て、馬鹿らしい。自らの扱う力で自らを滅ぼしていく。知らなければ幸せであれた事が、どれほどあっただろうか。

 

…そも、幸せなぞ感じた事すらなかったか。不意に口角が吊り上がる。無意識に嘲笑ったのは、笑われたのは。そうきっと―――――――――

 

 

 

 

ある程度離れたアジトへの帰路の途中。耳障りなエンジン音が響いた。他人も恥も知らずとでも言うように喧しく唸るその音は今まさに戻ろうとしていた建物の方向から耳に入って、やがて消えた。察しのつく正体に苛立ちを募らせながら、薄暗い地下通路へと足を進めていく。

アジトの方向へ、消えかけの明かりが点滅を繰り返す中を黙々と進む。やがて、門番のように木箱に腰掛ける一匹の竜と顔を合わす。眼帯をして、青く深いスリットの入ったチャイナドレスの様な服を着た、赤髪の、人型の竜。足や尻尾の、毒々しい葡萄色の鱗が、光を反射して妖しく仄かに輝いていた。

「…おお、ヨシュカか。誰かと思ったぜ。」

飄々とした声で話し掛ける、竜の男性。

「…ああ。」

「…お前さん血みどろじゃねえか。どうした?」

「手前には関係ねえよ。黙って自分の仕事してなジジイ。」

「手厳しいねえ。ま、いいが。…それよりも、お前さん。ソレ、あの子達にゃ目の毒だ。見せんじゃねえぞ。」

 「…ハッ。」

つくづく、甘いジジイだ。

優しさを鼻で笑い飛ばし、その男性の横を通り過ぎて、その奥へ。

階段を登り、戸を開け、最初に目に入った、もの。二人の男性。緑髪の、長身長髪の一人と、それよりも僅かに背の高い、後ろで髪をくくった黒髪の男性。

ああ、やはりと。顔は歪む。

 

忘れるはずもない。その、忌々しいほどに整った顔。常に眉間に皺を寄せていた、その男は。こちらを振り向き、見るうちに、その端正な尊顔は、驚きに満ちた表情へ変わっていく。目は見開かれ、歯切れの悪い様子で口は開かれる。

「…テメェ。どうして、ここに…。」

「こっちの台詞だ。クソ野郎。…なんでここに来やがった。よりにもよって、今、ここに。」

対峙する男性は狼狽した様子で、また皺を眉間に寄せていく。

「…関係ねえだろ。第一テメエがここにいることすら、俺は…」

「知らなかっただろうなァ。その様子を見るとな。」

「…。」

彼の言葉を遮り、剣幕で言葉を返すヨシュカ。顔を見ぬよう視線を下ろした男性からは、やりきれない気持ちが隠しきれぬように滲み出ていた。

「…チッ………。」

聞こえるように舌打ちをして、ずんずんと近づいていく。そして彼が近づかれていることに気付き、顔と顔が向かい合う時、既に拳一個分の距離にまで迫っていた。

「何処まで手前が知ってるか、なぜ此処まで来てやがんのか、んなもんはもうどうだっていい。」

 

彼の胸倉を掴み、顔を引き寄せる。眼と眼を合わせる。赤い目をひん剥き、その蒼眼をにらみつける。

 

「…もし手前が、変な気を起こしやがったら。…その時こそ躊躇いなく殺してやるぞ。死にてえなら場所を選べよ。…バジリウス・ヴェルケ。」

「…ッ…!」

短くも、確実に殺意と疑心を込めた、絡みつくようなドス黒い言葉。その牙を向けられた相手に、焦りを味わわせるには充分な程。

Yシャツの胸元を掴んだ手を離し、わざとらしく突き飛ばし、言葉を重ねる。

「言っておいてやるよ。俺は手前を最も信用しない。手前がここら一帯…此処の誰かと行動を共にする時、…いや、今この時から。」

「見られてると思え。手前が何処で何しようが。…じゃァな。クソ野郎。」

目だけを彼に向けながら、そう言い残して、立ち去ろうとする。

 

緑髪の男の横を通り過ぎようとして、耳打ちされる。

「…アンタ、あの可愛い子と何かあったの?」

「…何もねえさ。何もな。…踏み込むのは止めとけ。」

「…あっそ。」

小さく呟き合って、その場を離れる。

「あっ、その体ちゃんとしなさいよー!!」

背から無駄に大きな声が聞こえて、返事代わりに手の甲を見せて、シャワールームの方へ歩を進める。伸ばした白髪がその後を追った。

 

 

 

どうやらまだ手前は囚われてるらしい。何がしてえんだ、手前は。

こうなったのはきっと偶然じゃない。

そんな馬鹿げた考えが、脳裏をよぎって。

 

どうにも、やるせなくなった。当てつけのように、少し頭を掻いた。

 

…胸クソ悪ィ。

 

 

 

 

 

 

塩水ソル子さん宅の バジリウス・ヴェルケさん、

さらねずみさん宅の ルーカス・ハーゼンバインさん、

ふじみやさん宅の ヴィリー・ゼツェッションさん をお借りしました。

ありがとうございました。