かきごおりのお庭。

企画の小説とか書いていきます.

今、何周目?

今日は何日だっただろうか。

夕日の色に染め上げられる教室で、自分以外誰もいなくなった箱の中で。机に突っ伏し意味もなく考える。黒板に書かれた日付を見れば分かるだろうに、何となく腕を組んで出来た枕が思いのほか寝心地がいいから。空いた窓から抜ける風が気持ちいいから。そんな感じのふわふわした理由で、視覚での確認を放棄する。とりあえず今は、もう少しこのままでいたいのだ。外の運動部の掛け声や、誰かが廊下を歩く小気味よい足音が耳を通り抜ける。

…なんて、放課後のうたた寝を楽しんでいたのも束の間。その雰囲気を壊したのは意外にも、素知らぬ人。

「…あなた、もう下校時刻になるわよ?」

目覚ましとは程遠い、優しい声がした。目を覚ましきるには少し淑やか過ぎたけれど、気付けには充分で。

「…あっ…そ。…どう…も…。」

渋々目を開けて頭を上げる。半開きの目を瞬きさせて徐々に起こす。そうして視線を上げれば、こちらはなんとも強烈でいて文字通り目が覚めるほどのもので。雰囲気は壊されたのでなく、塗りつぶされたのだと気付くことになるのはもう少しあとの事。

一個前の机に座りこちらを見下ろす、寝ぼけた頭でもはっきり認識出来る程の眉目秀麗な面構えの女子生徒。物珍しそうに笑顔で見つめているのが少し憎たらしかったが。

枕にしていた腕を動かして机の横に吊り下げた鞄を取りながら気怠げに席を立つ。

「あら、どこ行くの?」

「…下校時刻になるんだろ?帰るんだよ。」

それを聞いてクスクスと口に手を当てて彼女は笑う。

「何だよ?」

彼女がそれを聞いてどこかへ指を指す。示された方向を見てみれば壁にかかる時計があって。…その時計の長針の指す位置は、漢字で書かれた四と五のちょうど真ん中の所。…からかわれた、というわけで。

「…はあ?まだ全然そんな時間じゃ…。…何がしたいんだよ。」

「…さあ?別に、何となく…?」

「…。」

怒り通り越して呆れ気味に、楽しそうに微笑む彼女を睨む。何がしたいのか。そもそもこいつは誰だ。…いや、割と、どこかで見たような…

「ふふ…。…あんまり怖い顔されるのも嫌だから、自己紹介するわ。私、天田重音。重なる音って書いて、かさね。隣の星組。…あなたは?」

「…灯火。太刀花、灯火。…あんた、割と優秀な人だろ。思い出した。何回も壇上立ったり、色んな噂が立ってる…。…何だってそんな人がちょっかいかけてくるんだ?」

「さっきも言ったでしょう。何となく。理由なんてあってもなくても変わらないでしょう?…あ、別に怒らせたかったわけじゃないの、勘違いしないでね?」

「…。はあ。もういい。…帰る、戸締り宜しく…。」

少し溜息をつき、そう言い残して振り返り開いた戸へ向かう。

「あらそう。さようなら…帰路には気をつけるのよ?」

仕事を押し付けたことを歯牙にもかけないような物言いがまた癇に障り。教室で寝ていたのを少し後悔し始めていて。そもそもなんで教室で寝ていたのだったか。どうせ気まぐれだろうとたかを括りつつ記憶を漁り、足が廊下へ続く戸を跨ごうとしていたところ。

後ろからあの優しい声で名前を呼ばれ、首だけ動かし片目だけで彼女を見ようと覗かせて。そうして、その光景が目に焼き付いた。感嘆する暇すら惜しくなる、そんな一瞬が。

 

身軽そうに机からひょいと降りて、緋褪色の長く伸ばした髪が、ふわりと揺れて。窓から射す夕焼けの朱の明かりが、より一層煌めいた気がして。それは輪郭を照らして、髪を透かして。黒のセーラーが朱と交わって、溶けていく。不意に教室のカーテンが風を受け、音を立てて大きく揺れて、また彼女の髪を揺らして。風に靡く髪の毛が顔にかからない様にと耳の辺りに手を添える様が、まるで一枚の絵画のようでいて。

「また今度、お話しましょう。」

そう言って僅かに笑ったその顔は普段の教師の前や壇上で見る笑顔とは、何となく感じが違うような気がして。その笑顔の裏に、何を秘めたのか。思案をよそに、無愛想に返事する。

「…また会ったらな。」

背を向けて、ようやく暗がりかけた教室を後にする。グラウンドを駆ける陸上部員達をよそ目に、廊下をたんたんとした歩調で歩く。…今日はバイトがないから、真っ直ぐ帰ってまた少し寝よう。どうせ夜は忙しくなる。

 

今日は見つかるだろうか。今日も見つからないだろうか。何度盗んで、何度化かせば手に戻るだろうか。途方も無い時間を、あと何回。

…ああ。結局今日の日付が分からなかった。今日はどんな月が空に登るのか。鞄の中のお面がコツコツと何かにぶつかる音がする。

 

 

黒い狐はいつだって、孤月と共に現れる。人を騙して、生きていく。

また今度、お話しましょう。

 

八式シギさん宅の天田重音さんをお借りしました。

ありがとうございました。