かきごおりのお庭。

企画の小説とか書いていきます.

血の中で一緒。

【ifルートとなります。】

 

あれから、三ヶ月の時が経って。未だに僕は、振り出しの地点から動く事が出来なくて。むしろ僕から歩を後ろ向きに進んでしまったような、そんな気分で。

…何をしていいか、わからない。今度こそ、どん詰まり。欲しい欲しいと思うだけで、何も出来ない。君といた思い出が浮かんでは、ただひたすらに僕を締め付けて、苦しめる。君と出会った事も、苦しめたことも、繋がりあえたことも、笑いあったことも。全て、全てが泡のようでいて。掴もうとしては爆ぜて消えてしまう。今じゃもう、手も届かないくらい遠くにあるような気がして。僕の中の君すらも、掠れて消えていってしまいそうだ。

 

 

いつもすぐ側にいた君が消えてから、皮肉のように君の夢ばかり見る。そして決まって、僕の首に手をかけて、こう言う。

「どうして俺を置いていったの」

なんて。夢の中でさえ、君の疎ましいほどに輝くその瞳はいやに鮮明で。その目で僕を見るなと、僕を許してくれと、何度思っただろう。かけられる言葉は数あれど、終着点はいつも同じ。君が黒い箱の前で泣いている景色が一瞬だけ映って、目が覚める。寝覚めの度、首に残る違和感と寝汗に塗れた身体に苛立って、虚しくなって。遂には寝る事が怖くなった。目元の隈を何度も心配された。

大丈夫と言ったって、大丈夫な訳が無い。そんなこと自分でだって分かってる。だけど自分で自分を騙さないと、もうやっていけないんだ。君達に一体、何がわかる?

 

 

…ああ。関係の無い他人にまで憎しみを振りかざして。自己嫌悪が止まらない。いっそ本当に消えてしまおうかと、本気で自殺を考え始めたそんな折。

一つの、手紙が届いた。懐かしい筆跡。十人が十人、美しいと答えるような文字で書かれた文の内容。簡潔に、短くしたたまれていた。取り返しのつかなくなる前に、戻ってこいと。まるで遊びのないその文章は、普段のあの人を知る者からすればそれだけで身が強ばってしまうような、そんな力強さと威圧感を持ち合わせていて。

 

 

行かない選択肢なんて、なかった。どんなに淡い光であろうと、縋りたかった。僕はまた、君を捨てきれなかった。

 

上着も羽織らず、鍵も忘れて。街灯がぽつぽつと照らす夜の街の中に飛び出した。軽く結んだだけの、後ろに垂らした金髪が後を引いて。首にかけた十字架のペンダントが幾度となく胸を叩く。無我夢中で、ただ駆けた。

目指した先は、ハイランドの辺境。豊かな緑と広い湖面が瞳に焼き付くように綺麗な場所。僕の育った孤児院と、彼の育った屋敷がそこにある。思い出が多すぎて、語りきることはきっとできない。良くも、悪くも。

 

 

 

マグ・ゲートを抜けて、その久方振りの光景を確認して、少し安堵して膝に手をつき肩で息をする。汗のかいた体を夜風が通り過ぎて、身震いがした。ただ寒くて身震いを起こしたのか、これから起こる事に対して怯えを感じたからなのか。余計な考えが頭をよぎるから、考える事をやめた。どちらにしろ、逃げる事はもう許されないから。

 

息が整えて、彼の待つ屋敷まで歩を進める。同じ月明かりの照らされているはずなのに、そこへ近づく程に道が暗く、沈んでいくような感覚がして。心に泥濘が渦巻いていく。平静が音もなく崩れていく。冷や汗が、背中を伝う。次第に重くなっていく両足を意地だけで動かして一本道を行く。

そうして、何度も見た、暖かい雰囲気のあったはずの場所に辿り着いた。以前見た蝙蝠の集団で出来た壁すらなかったのが、喪失感を引き立たせた。鉄でできた大きな門に手をかける。冷たく重い、その感触がやけに恐ろしく。手から抜ける力を必死に押し止めて、耳障りな引き摺られる音と共に、門を開く。

不気味な雰囲気が支配する中へ進む途中、一匹の蝙蝠と目が合った。何処と無く異質感を醸し出すその視線に、試されているような気がして。強い嫌悪感を覚えて、思わず目を逸らす。ここに居るべきではないと告げる自我を踏み躙り、ようやく屋敷の扉を開け明らかに空気の違うその空間へと進む。

よく知っている場所のはずなのに、その空気が肌に刺さるのはなぜなのか。

 

薄暗い、屋敷の中。明かりも灯らないような時間。窓から刺す月の光だけが光源。何をも狂わせるような澄んだ光が照らすもの。

 

…仄かな光の中に佇む、思いを馳せる人。閉まる扉の音を聞いてか、こちらを振り向いた。その目は、色鮮やかでありつつも黒く濁っていて。光の宿らないその目からは人間としての彼を感じず。血に飢えた吸血鬼としての彼が全面に押し出ていた。何故その姿でいたのか。僕には分からなかった。

まるで蛇が獲物を見つけた時のように。鋭い目付きと隠しきれぬ食欲の本能を纏わせ、こちらを睨む。君が、最も忌み嫌っていたその様子で。そして静かに、おぼつかない足取りでこちらを目指しゆっくりと歩く。僕と彼の間の距離は緩やかに、確実に縮まっていく。

そして彼が近づくにつれ、どこか甘い香りがして、何かに強く惹き付けられるような感覚がして。思考をとめれば頭が蕩け、理性が何処か飛んで無くなって行ってしまうような、強い揺さぶりが頭に響く。足音が鳴る度、脳がより強く揺らされる。理性を超えようとする本能を抑えて、立っていることしか適わない。既にそれすら危ういか。

 

僕はまだ、本当の君を知らなかったらしい。君が見せたくなかったのだから、当然か。何故君がその姿を見せたくなかったのか、今なら痛いほどわかる。僕はまた君に、会えるだろうか。もう、遅いかな。

呻きをあげる脳内で自問自答を繰り返す。理性は既に限界に近い。嫌な汗が、額から垂れた。

そして気づけば、ずっと視界に収めていたはずの奴は、すぐそこにまで迫っていて。相手の手が、頬に触れて。後ろに仰け反り、尻餅をつく。

身体に力が入らない。奴の顔を直視することが出来ない。焦点が定まらない。ただ、待っていることしか出来ない。

狼狽する内、一人と一匹の身体は重なる。凄まじい力で押し倒されて、動く事は出来ない。抵抗するだけ無駄であると、直感が告げる。顔と顔が近づき、見慣れた顔が目に入る。しかしその表情に、人間味はなく。血の吸いやすいよう、床に肩を縫い付けられるかのよう抑えられ。吸血鬼の口が、自分のうなじへ伸びて。髪の匂いが、鼻についた。

やがて。鋭い激痛が走る。肌を食い破られる感覚。そして、血の抜けていく感覚。首の周りが血の温度で温まり、髪が濡れる。じゅるじゅると耳障りな音が鼓膜を叩く。痛みは続く。かつてのように快楽は待てども訪れない。不快感と痛みで、顔が歪む。

血が抜けていく時間と比例して、押さえ付けられ、締め付けられる力が強くなっていく。これ程長い間吸血されたことは今まで無かった。体が軋み、口から悲鳴が漏れる。声にならない声が絞り出されるように。

 

そして、悟る。自らの運命を。あまりに突然でも、脳裏にチラついたソレは、存在感をどんどんと増していく。今ではもう、その結末しか浮かばないほどに。…悲しむでもなく、僅かに笑みが零れたのは。どんな想いからだろうか。身体から力が抜けていく。少しばかり、思案に浸ろうか。もう少ない、限られた時間の中で。

 

こうなるかもと、どこかで分かっていたはずなのに。それでも分かっていて来たのだから、自業自得だろうか。最期に一目、君を見られたのだからそれでもまだ幸せな方なのだろうか。…いや。訂正しよう。君であって、君でない。君が嫌った君を最後に見せられたのは、今までのツケなんだろうか。最も愛した君に殺されるのは、君を蔑ろにした罰なんだろうか。…ああ。でも、いいか。

 

君に、殺されるのなら。

それで、救われるなら。

僕はきっと、それでいい。

許してくれなくていいから。

それが、本望だ。

 

…もし君が、目を覚ましたあと。長い夢の檻から、解放された頃。僕の事を知って、なんて思うだろうか。

また、泣いてしまうのかな。

僕の居なくなった後の君が、君だけが。

今は気がかりだ。

 

薄れ行く意識の中で。痛みすらどこか遠く感じるその中で。最早力すら入らないはずの腕で。そっと、添えるように。彼を抱き締めて。

 

さようなら。

 

 

そして、実に惨たらしく凄惨で、鮮やかな醜態と共に。

 

餌 は無事に、役目を終えた。

 

 

 

彼は、血溜まりの中で目を覚ます。

今はもう冷めきった、記憶の中の人と、その人の生暖かい血に包まれて。

力なく項垂れ、動く事もしないその人と、その人の首の噛み跡、朱に染められ鈍い光を見せる金髪を目にして。

彼は意外にも、泣く事も、叫ぶ事もせず。

ただ、もう何もかもが、取り返しのつかない事に気付き。

床に広がる赤を指で拭い、口に運び。

その人の顔を、愛しそうに撫でて。

暫くした後。

ゆっくりと、自分の両手の平を首にあてがい。

そして。

 

 

 

 

 

血の中に、永遠の二人。

血を渡し始まり、血で繋がり、血の中に終わる。

煌びやかな、薔薇のように輝く赤の液体。

やがて宝石の様に、固まっていく。

 

永久に、一緒。

 

 

 

 

 

春宮さん宅のロゼール・レッドフォードさんをお借りしました。

ありがとうございました。