かきごおりのお庭。

企画の小説とか書いていきます.

甘露な夢に、溶けて。【微性的表現あり】

【注意⚠ 後半に微性的表現が有ります。】

 

 

船の揺れで、目が覚める。身体を起こすなり、汗を吸い取った服が肌にへばりつく感触が襲う。空調の効いていない部屋だったのか。

…そも、ここは何処だ。寝かせられていた、お世辞にも質が良いとは言えないベッドを手で確認して。生活をするにあたっての最低限の物しか用意されていない、まるで隔離を行う為の部屋のような、窓すら存在しない正方形の生活感のない部屋を見て思う。

直近の記憶を思い出そうにも、酷い不快感がそれを妨げる。徐々に覚醒する意識と比例して、身体の怠さが顔を出す。目眩がする。視界の焦点が合わない。あらゆる物が幾重にも重なる。天井から吊り下げられた、簡素な山形の灯りが船の揺れと同期して揺れて、目を通してまた揺れて。

…僅かに、熱もあるか?先程から汗が止まらない。呼吸もやけに乱れる。ついには肩で息をし始めた。身体が勝手に楽な姿勢を探す。熱と混濁が、思考を妨げる。気分が、悪い。

そんな謎の症状に苛まれ苦しむ折、ドアの開く音がした。音のした方に目を凝らせば、そこには一人、髪を肩まで伸ばした人物。服装的に、従業員だろうか。顔は朧気で、よく分からない。せめて、もう少しこちらに来てくれれば。

「…お目覚めですか?」

抑揚はあるものの、無感情、という印象を受けた。

「……おま、えか……?」

「…何が?」

「俺、をここに、つれ、て…。」

絶え絶えの息で、声を絞り出し綴る。それでも満足な発声は出来ず。

「…ああ。その通り。よく分かりましたね。賢いなあ…。」

「……!、!」

嘲り笑うようなその安すぎる挑発に、思わず身体が動く。普段なら軽く流せていただろうに、頭に血が上った。気づいた頃にはもう遅い。勢いと買い叩かれた怒りだけで動かした身体はすぐに体勢を崩す。掴みかかろうとした相手に倒れ込み、逆に支えられる。何とも情けない姿。

「おっと……何か気に障りました?」

「クソ、が……。」

相手の胸に倒れ込む形となり、 不格好極まりない。男の灯りを受け微かに光沢を浴びる大量のピアスと、左目の下の逆三角を三つ、横に並べたタトゥーが目を引いた。この男の服の匂いなのか、甘ったるい香りが鼻腔を撫でる。身体が、上手く動かない。この症状も、此奴の仕業なのか。

「…どうも、少し記憶があいまいみたいですね。簡潔に言いましょう。貴方は私との賭けに負けたんですよ。お客様。」

…負けた?自分が?何かの間違いだと疑ってかかる思考とは別に、なにかの箍が外れたかのように、記憶が蘇り出す。

…ああ。そうだ。此奴は、ディーラーだ。自分が他の客さえも手玉にとり荒稼ぎしていた所に躍り出て、場の雰囲気を作り替え、凡そ全てを掻っ攫っていった。此奴が主導権を握り出してから、段々と高揚にも似て非なる、感覚の麻痺が起こりだして、此奴が賭け金をどこまでも吊り上げていくものだから、朦朧とした頭でそれに乗って、それで───────。

────軽い罰ゲームと称して差し出されたドリンクを飲んで、気を失ったのだったか。何とも無様な顛末だ。ああ。クソ。本当に、何てザマだ。更に悪いことに、身体の熱がまた高まってきている。息が、熱い。

「思い出されたようですね?」

そうして寄りかかりながら物思いにふけっていれば、此方の様子を見透かしたように声をかけられ。

「……ハッ……。」

顔を見せないよう下を向き、鼻で笑う。余りに滑稽だ。多少ペースを崩された程度でこれとは。

「…先程も申し上げた通り、お客様は私との賭けに敗北なされました…。それで。」

不気味な、独特の雰囲気で、言葉を続ける。

「…残念ながらお客様の所持金では、敗北分の額は払えませんでした。足りない分は……お客様のそのお身体で、補っていただきます。」

俯いたまま、言葉を聞く。概ね、予想した通りの内容。強制労働でもさせられるのか。それとも文字通り身体を売る?

「…で、何をしろ、と…?」

また霞のかかってきたような頭で、返事を絞り出す。凭れているというのに、身体がふらつき始める。

「…私のものに、なってもらおうかな。」

その口から吐き出される事を聞いた瞬間、身体全身に尋常でない悪寒が走る。先程からの人間みを感じさせない物言いやその雰囲気とはまた異なる、得体の知れない感覚。深い息が漏れ出る。汗が頬を伝い、顎にかけて、雫を落とす。

「急に鼓動が早くなったね。どうかした?そんなに衝撃的だった?」

この男の言うとおりに、心臓の脈打ちが加速していく。これは緊張とか、焦りとか、最早その域のものでは無い。命か、若しくはそれを含めた全てを失うような。様々な恐怖が脳裏を駆け巡る。正に蛇に睨まれた蛙のような気分で。身体の怠さも熱りも、全て覆いかき消してしまう程の、感覚。もう前を向く事が、出来ない。

「…ちょっと暑苦しいなあ。」

その言葉が聞こえてすぐ、不意に突き飛ばされる。まるで力の入らない今の身体では、軽く押されただけでもよろけ、倒れてしまう。硬いベッドが身体を受け止め、スプリングのギシリという音と共に弾み僅かに身体が跳ねて、横たえられる。奴を見ようと首だけでも起こそうとすると、腹の上に跨られ、動けない。

気色、悪い。

「…そんな引き攣った顔、しなくてもいいんだよ?私は君が気に入っただけなんだけど…。」

…これは。もう、逃げられないだろう。気に入った、という言葉。悪魔に魅入られたとてこんな思いはしない筈だ。此奴の底には一体、何が広げられているのか。

顔が、近づいてくる。灯りの逆光で、よく顔は見えないが。笑顔なのは辛うじてわかった。玩具を前にした子供のような、無邪気で、純粋な、好奇心の塊の笑顔。恐ろしくて恐ろしくて思わず、口角が吊り上がった。

そして、その少し開けた唇の間をこじ開けて、男の指がねじ込まれる。その瞬間に、頭に電撃が走ったような感覚が芽生える。蕩けた頭にはとても堪える、底無しに甘い味と誘う様な悦楽。顎に力が入らず、涎が口内から溢れ、垂れていく。男は無言で、ただこちらを見つめながら指で敏感に開発され始めた咥内を犯し続ける。口蓋を指の腹で撫で回したり、舌に指を押し付け涎の分泌を促し弄んだり。指を奥まで突っ込んでは嗚咽を誘ったり。

快楽がひっきりなしに全身を巡る。どんなだらしない顔をしているだろう。今はとても、見たくない。甘露な征服は、きっとまだまだ始まったばかりで。既に思考を放棄し掛けのこの頭で、抵抗が出来るのかすら怪しい。…先のことを考える余裕も、今はない。気の済むまで弄ばれ続けるのは、もう避けられない。

 

 

無意識に自分から舌を指に這わせている事すら、彼にはもう気づけない。

甘美で妖艶な至福を与えられ続け、自我の崩壊に耐えられる者が、果たしてどれだけいるだろうか。

 

 

夢は、どこまでも甘く。どこまでも深く。どこまでもその身を沈めさせていく。

 

悪夢の方が、きっとまだ心地好い。

 

 

 

 

「……おかえり、ヨハネス。」

 

 

 

 

 

ふじみやさん宅のラウネン・ザッカーバーグさんをお借りしました。

ありがとうございました。