真夜中の授業。
日付の変わりそうな時刻。大英博物館地下。BC財団研究施設。
普段人の多い休憩室……もとい度々お茶会のたまり場と化す食堂も、この時間となっては廊下の方で足音が一時間に数回、ポツポツとするだけ。
そんな中で好みの飲料を片手に、読書に耽ける夜行性の吸血鬼もどきが一人。
近づいてくる足音に目をやった。
「……ん、ズリエル。どうしたこんな時間にこんな所に……。」
「それを言うならアウルムもでしょ。僕は使ってたコップ洗って返しに来ただけ。もう帰るよ。」
そう言って手に持ったマグカップをひらひらと揺らすズリエル。彼の愛用するそのマグカップには猫がプリントされていた。
「ああ……お疲れ様。私はまあ……見ての通り読書だな。まあ、帰るのなら気をつけろよ。もう時間も遅い。」
「僕の事子供かなんかだと思ってない……?……一応気にとめとくよ。どうも。そんじゃね。バイバイ。」
背中越しにこちらに手を振って、去っていく。見えないだろうが手を振り返し、少し微笑む。
天照から帰ってきたばかりはとても見れたものではなかったが、最近は日々が充実しているようで。詳しい事情は聞くまいとしているが、まあ見ているこちらとしても安心出来るくらいの雰囲気で、なんとも良かった。
…遠ざかっていく足音の他に、もう一つ。確かに近づいてくる足音。その音を聞いて、漸くかというように、アウルムは瞼を落とし、本を閉じて。声をかける。
「……今日は早いんだな。おはよう……では無いか、今晩は。」
「うん。今晩は。先生。」
異質な雰囲気を纏った、極彩色の瞳を持つ白髪の男。本来ならば『ニック・モーントカルト』と呼ばれるべき人物。されどもこの時間、この時は。中の存在は少し違う。
「……ゲッツェ、その呼び方はなあ……。」
「♪」
「……まあ、良い。」
少し呆れ気味にというか、諦め気味に。そう言っては、空いた一番近い席を指さす。
「……お前らの事情だから強くは言わんが。あまり彼の身体を借りすぎるなよ?興味が湧くのは大いにわかるが。」
「んー?なるほど。そういうものなんだね。そうだね。ニックは大切……ボクの大切な……名前を、くれた……、……ウン。気を付ける。」
屈託のない、無邪気な笑顔。自分の胸に手を当てて、その存在を確かめている彼を見て。僅かに、仄かに、されど然りと。危うさを感じてしまう。
無垢だからこその危うさ。無垢だからこその、可能性。数え切れないほどの枝分かれを重ねた先に、何があるか。それはきっと、彼…彼ら自身で決まっていくのだろう。
ただ願うのは、それが、彼らにとって良い方向に進むこと。今は、ただそれだけ。
「……よし。それじゃあ始めるか。」
「ン。うん。今日もお願い、先生。」
「さて、何を教えようか───────」
不思議な生徒も居たものだと、心で少し笑って。
不定期な夜の学校の、一限目の開始のチャイムは鳴る。
凪凧さん宅のゲッツェさん、
名前のみですが同じく凪凧さん宅のニック・モーントカルトさんをお借りしました。
ありがとうございました。