かきごおりのお庭。

企画の小説とか書いていきます.

【CW】影を落とした先の事。

 

ヒイラギの輪結成からほんの少し、時は経って。

お互いがお互いの距離感をまだ測りかねている頃。ギクシャクとしたやり取りが連鎖する。

…まだ、あの人たちについて分かっていることは少ないけれど。少なくとも彼らが凄腕なのは間違いない。纏っているオーラというか、隠しきれない覇気というか。

自分はまだ駆け出しのひよっこだが、少しその道を齧った者であれば一目見て分かるほど。それ程明らかに、自分と彼らでは次元が違う。

まだ数える程しか目にしていないものの、一度武器を持った彼らの全身から放たれる殺気と、その威圧感はそれだけで相手を屈服させかねない程の凄みを持っていて。味方であっても、攻撃がこちらに飛んでくることはないと分かっていても尚、身震いを起こしてしまう。戦闘の終わった後、武器を握っていた手に張り付いた感じの悪い手汗が、その圧をよく物語っていた。

 

 

彼らを目の前にすると、時折何か、違和感を覚える。人間の形をしていても、種族とか、考え方とか、そんな一般的な区分や感性ではとても分からないような、もっとどこか根ざしている所から、何か違うような。頭の片隅に隠れているが、確かに存在を感じる、そんな違和感。

 

彼らが今まで誰と居て、何をして、どのように生きていたのか。自分には、知る由もない。

 

 

 

緑に包まれた山の奥の、とある名も無い洞窟。かつては炭鉱か何かだったのか。至る所に砕けた鉄や、先のないピッケル、レールの曲がって使い物にならないトロッコ用の線路が散乱していた。

ゴブリンが根城にしているので壊滅させて欲しいという近隣の村からの依頼を受けて、ちょうど手の空いていたアートと二人、やって来たのだが。

 

「…何か気になるとこはあった?」

「ううん、特には…。」

このやり取り、もう何度繰り返しただろう。別れ道を何度行き来しても、隠し扉を探ってみても、どこを探しても、いくら中を歩いてもゴブリンの痕跡は全く出てきやしない。おまけにそれらしい宝箱は全て開封済み。たまに罠が仕掛けられてあったりと、全くついていない。

半ば不真面目になってきた足取りをそれでも依頼なのだからと無理やり押し進め、やがてだだっ広い採掘場にたどり着く。

辺りには焚き火の跡や、食い残しだろう肉のこびり付いた骨等々、確かにここに居た痕跡があるのだけれど。

 

「……誤情報だったのかな。ゴブリンじゃなくて人だったとか……。……一回戻ろっか、キリないし…。」

「………。」

「……アート?」

「ん?あ、ごめん。どうかした?」

「いや、一回戻ろうって。」

「……うん。エヴァがそう言うなら。戻ろうか。」

来た道を引き返す。疲れた足を引きずって、戻ってもどって、出口まで辿り着いた所。

外が暗い。夜になったのか。元々山の奥だからか、薄暗くはあったが。もうそんな時間になっていたのか。

 

そう思いながら、静かな外へ一歩足を踏み出したその時。後ろからぐいと引っ張られ。秒も経たない後に、自分がいた場所に風切り音がして。飛来してきたのは、矢。もしそのまま足を進めていたらと思うと。冷や汗が背を伝った。

 

「……危なかったねえ。」

「あ、ありがとう……。でもこれ、どっか、ら……あ……?」

 

目の前の影が、動いていることに気づく。風で揺れる木の影にしては、あまりにも形が整いすぎていて。

目を凝らせば、そこには。

 

無数の、赤い点。それは反射の光。やがて月の明かりの元に顔を出す、見慣れた形相。

醜い怪物。濁った緑色の肌。瞳の暗い赤。嫌でも目に入る、毒々しい色合い。出っ張った腹は、その怠惰さと卑しさを充分に表していて。いつ目にしても、気が滅入る。

 

「いないと思ったら、外に居たんだね。」

「そうみたい、だけど……!これ、どれほど数が……!」

 

出口から見渡す限り、そこら中にゴブリンがいる。どこを見ても、こちらに敵意の視線が送られている。

じわり、じわりと縮まる群れとの距離。体が強ばる。

「ッ……!」

自分の獲物に手を伸ばす。伸ばした手が震えて、柄に何度も触れて。耳障りな音を出していた。

「……………。」

 

 

「わぁ!」

「うぉアッ??!?」

横からいきなり視界に飛び出てくる同行者に思いきり情けない声を上げて驚いてしまう。驚きのあまりよろける。恥ずかしい。

「な、ア、アート!何を……」

「ちょっと肩に力が入りすぎかなあと思って。……落ち着いた?」

「あ、え……。」

手の震えは確かに止まっていた。多少荒療治な事に不満を感じたりもしたけど、今はそんな事どうでもよかった。

「……ありがと。……それで、この数、どうしよう…。」

「どういたしまして。……どうも見るに、予め洞窟の外で待ち伏せてたみたいだねえ。頭を使えるゴブリンの群れ…これだけの数だ。多分頭領が居るね。そしてそういう、小細工の出来る奴はきっと……。」

そう告げながら、群れの奥を指さすアート。指された方向に習って、視界を狭める。

「……一匹、後ろから状況を見てるような奴が……装飾を着けてる……?」

「当たり。多分そいつが群れの長。」

どこからか短剣を取り出して、軽く弄ぶアート。明かりが反射して、鮮やかな真紅が鋭利な弧を描いていた。

 

「さて、エヴァ。」

「ん。」

「私は今から彼処に飛び込みに行く訳だけど。その間、自分の身は自分で守れるよね?」

「勿論。アートこそミスらないよね。」

「言うね。それじゃあまあ、行こうか。」

 

そう言って、月の元に身を翻す。大勢の元に身を晒した彼に、矢の雨が降り注ぐ。矢の当たるかの直前、彼は霧となって夜に消える。

困惑するゴブリン達を他所目にその霧は迷い無く、ある一匹の元へ。

やがてその霧は固まり、人の形を成していく。黒の外套と透き通るような白髪が空に靡いて、影に隠れた紅眼が妖しく煌めいて。

箍を外したように、溢れ出る殺気。誰ももう動けない。ゴブリンの首領がその気配に気づいた時には、その刃は既に皮膚を貫いていて。

 

森が悲鳴を上げた。鳥が逃げる様に飛び立ち、葉は散った。首の落ちる音は雑音で掻き消され、ゴブリン達は蜘蛛の子を散らすように消えていった。

 

後の場に静かに佇んでいたのは、死体を見下ろす一人の暗殺者と、雲のちぎれ目からささやかにそれらを照らす、月のみだった。

その姿は美しくも、恐ろしくもあった。

場を誤魔化すように、風がその場を凪いでいた。

 

 

 

​───────……

後日、依頼完了の報告を終えて。真夜中の帰路。

「……はい、お疲れ様でした。」

「はい。にしても待ち伏せかあ。珍しくはないけど頭から抜けてたな……。」

「私は気づいてたけどね。」

「え。待った、いつから?ていうかなんで言わないの?ちょっと?」

「いやあ、エヴァはいつ気づくかなあと……。最後まで気づかなくてちょっと笑ってたよ。」

「〜〜〜っ……。アートのそういうとこ俺苦手……。」

「あはは。個性の一つとして捉えてよ。」

 

事も無げに笑いながら歩を進める。

今回の事で、少しだけ距離が近づいた気がする。……気がする。いや、近づいてる。そう信じる。

きっとまだ、彼らに関しては知らない事だらけなんだろうが。少しずつでいい。向こうが受け入れてくれる気になったその時でいい。

 

少し影のある、経歴も分からない彼らと共に冒険する日々を。今は存分に楽しんでやろう。

 

 

 

白須さん宅のアート・レイスティオーさんをお借りしました。

ありがとうございました。