絶黒に堕ちて。
親を喪い、同時に神に選ばれたその日。夢を見た。
灰と火の粉が空気を染めて、空を覆うのはおどろおどろしい戦慄の朱色。
燃え盛る黒い炎に囲まれた十字架の下に、少年と少女が立っていた。
親を亡くしたその日の、アメジストにも勝る程の母親の美しき紫眼をもって、少女を見据える人形のような少年。
神と呼ぶには余りに儚く、そして恩讐に満ちみちた瞳を煌かせる、赤髪の少女。
少年と少女は互いに一度も瞬きをせず、一言も発することもなく、炎の中でたじろぐこともなく。
少女は問う。
「お前に負い目はあるか」と。
少年は横に首を振る。
もう一度、問う。
「汚れたことはあるか」
また、横に首を振る。
「ならば」
「この永劫果てることのない忌まわしき怨みを、辛みを、この獄炎を、復讐を!」
「受け入れる、覚悟はあるか」
炎がよりけたたましく燃え上がる。
少年は待っていたかのように、漸く意思を持ったかのように。首を縦に振る。
親という拠り所を失った喪失感からか、その心の穴を埋めるためか、少女へのやさしさからか、その執念に報いたいと思ったからか。
いずれであっても、結果的に少年にとって違いは無いのだ。
生きる理由を、少年は求めたのだから。
少年は掠れた声で、言葉を紡ぐ。
「たとえこの身が裂かれようと、腑分けられようと」
「貴女が神であろうと、鬼であろうと」
「私の身体はあなたとともに」
「この薪が、燃え尽きるまで」
その言葉とともに、彼の下の地が割れて、その亀裂から間欠泉のように炎が噴き出し、その身体を灼いた。
不思議と熱さは無く。代わりのように感じるのは彼女の追憶、負の感情の連鎖。
それは、汚れを知らぬ彼にとっては皮脂を燃やすそれより何千倍も身を焦がすもので。
パチパチと自らを燃やす炎の中で、痛み、怖れ、苦しみ、藻掻き、呻き、辺りそこらを転げまわり、声にならぬ悲鳴が劈く。少女はその様子をさも当然のように見下ろす。
地獄があるのだとしたらきっとこれがそうだ。耐えようとすることなど無意味そのものだ。獣のような金切り声を上げて、暴れ散らして。
「……あなたを今焼く炎は、わたしの全て」
「耐えなくていい。越えなくていい。ただ、知りなさい」
「わたしが、わたしたちに起こった全てを。その果てに募った、悲憤慷慨、そのすべて」
「そうしてはじめて、あなたはわたしたちに足を踏み入れられる」
苦悶の中で、少年から目を逸らさないまま少女は告げる。
――――――そして、やがて。怨嗟の灼熱が、彼を焦がしつくした頃に。
「……おめでとう……いいえ。残念ね」
「嘆き悲しみ、打ち震え崩れ落ちなさい。あなたはわたし、わたしはあなたになれる」
「人は誰しもが、死ぬ場所も選べなければ、生まれる場所も、環境も性別さえも選べない儘……。それでも、わたしたちは帰らなくてはならない」
少年の艶のあった黒髪は灰を思わせる白髪へと焼き尽くされ。
透き通る白い肌は痩せこけた大地の様に浅黒く焦げて。
唯一、親から引き継いだ高貴な菫色だけは、彼が彼であることを示していた。
「……ようこそ。『
黒の猛火の中を、内に秘めたる尽きぬ獣とともに歩み征く。復讐は まだ 始まった ばかり