小さな船出
『はやめの 卒業ブローチです』
そう言って、シャツに通された黄色い花の胸飾り。手作りと言われた、少し不格好なそれを彼は「フクジュソウ」と呼んだ。
――――俺はお前に、何かしたか。
何もしてないはずなんだ。だのに、わざわざ俺を追って、贈り物をくれて、そんなに涙を流して。何がお前をそこまでさせるんだろう。損得勘定なんてないのか、お前には。
いつもなら、「大げさな奴」とでも言って突き放して終わりだったのに。それでよかった。必要以上に馴れ合うことなんてない、これで顔を合わせる機会も無くなって、縁も切れて、はい、終わり、って。
どうしてだか、俺は笑ってしまって。嬉しかったから?……まさか。きっとおかしかったんだ、お前の大粒の涙とか、そこら辺。
『お前、バカだなあ』
やっと分かったよ、お前がバカなこと。とびきり綺麗なバカだってこと。
……、いいや、少し違う、もっと前から気付いてた。でも見ていないふりをした。付きまとってくるお前と、その周りの馴れ合いに、「悪くない」なんて思い始めた自分が怖くて。
でも今は、もうどうでもいい。だから、手紙もくれ。連行しに来たって良い。むしろこっちから顔だって出してやるよ。
たまには少し、嘘のようなバカに付き合ったっていい。
「えっっ……、ばかって……」
「……何だよ、本当の事だろ。ていうか、そんな泣くことないだろ……。誰か来られたら困るのは俺なんだよ」
そう言うと、ハッとしたように腕全体で赤くなった両目を擦って、子犬のような眼でこちらを見やる。いつか脱水症状になるなこいつ。
布擦れの音に混じって、少し遠くで誰かの足音がした。責任者に見られるとまずい。さっさと出よう。
「……。そんな顔で見るなよ。わかった、たまにはこっちからも顔出してやるから……」
「!、ほんと、ですか……?」
「嘘言うかよ、あとで困るのは俺なんだから……。……」
宥め終えたし、話はもう切り上げられる。でも、あと一つ、言う事がある。足音が少しずつ、近づいてきている。
「……ブローチ、ありがとな。嬉しい。」
黄色、似合うかな。似合うようにすればいいか。
「またな。元気でやれよ。」
そっと、挨拶代わりの口づけを彼の頬に落として。
彼に顔を向けたまま"外側"に駆けて、薄く嗤ってやる。
月明りにでも溶けてやろう、優しすぎて溶かしきれないだろうが。
「それじゃ。」
三対の翼がはためいて、彼の髪を緩く揺らした。夜空に浮かぶ月のぼんやりとした輝きは存外に眩しくて。夜風が穏やかに頬を撫でる。飛び出すには意外と良い日だったのか。
さあ、これからどうしようか――――。
猫田さん宅のシャルス・リンプトンさんをお借りしました。
ありがとうございました。