かきごおりのお庭。

企画の小説とか書いていきます.

この日が訪れることを祈って。

【時系列は来天前です。】

 

ある夏の日。僕とロゼは夏季休暇をとって、ロゼの屋敷のある土地に帰っていた。
魔法の国、ハイランドの北部。山脈が並び聳え立つ、誰も来ないような田舎。周りに立つ山脈や空の青さと、一面の畑や点々と生える木の緑の対比が凄く綺麗で。ここにいるととても落ち着く。ここには曇りなんかほとんどないし、煌びやかな魔法の文化が広がっている。正直、ロンドンよりこっちの方が好き。

因みにここに僕の出身の孤児院もあって。僕の財団からの給料の多くはここの支援につぎ込まれている。

本当に世話になった。文字の読み書きや白本を教えてくれたシスター、まだ元気にしてるかな。
なんなら跡継ぎに僕がここの孤児院経営したっていいんだけど。それくらいの貯金はある。ただ財団も楽しいから、悩みどころ。ハイランド・ローランド支部とかなかったっけ。出来ないかな。

故郷紹介はこんなところでいいだろう。さて。問題は。
僕はここであることをたった今しでかした。ヒント、ロゼ関連。まあ知ってるか。じゃあヒント②、恋愛関連。予想はしてた?続いてヒント③。まあほぼほぼ答えじゃないかな。ロゼにある告白をした。いくつかね。それが原因で、彼に何か起こったんだよ。


さて、答え。          僕が、ロゼを、泣かした。


そう。泣いてしまった。アイツが。人目もはばからず。血を吸う時ですら人目を気にする、ロゼが、ね。ひとしきり泣いて、僕に感情をぶつけた後、蝙蝠に姿を変えて飛んで行ってしまった。方向からするときっと屋敷だろう。………多分だけど。これ以上は、進めない。


…そろそろ気になってることだろう?僕のした、告白の内容。何、ずっと思っていたことさ。

どうして、僕を頼ってくれないのか。
なぜ君の素を覆い、隠すのか。
僕が消えた後、どうするのか。

…きっと、こうなるだろうって予感はあった。でも、話さずにはいられなかった。僕も、ロゼも、限界に来ていたはずだから。…言うべきだったんだ。僕ら二人が、壊れてしまう前に。

 

…だから、なんなんだ?そんなのは全部、言い訳なんだ。自分に言い聞かせる、言い訳。その行動を正当化する為の、言い訳。何が、予感なんだ。確信だろう。ロゼを傷つける事になることくらい、分かっていただろう!昔からそうだった…!
全部悪いのは僕だったじゃないか…!

小さい頃にロゼの屋敷に忍び込みロゼに出会った事も!

タイミング悪くロゼに血を求められ、吸わせてロゼを傷つけた事も!

勝手に寿命の差を意識しだしてロゼに辛くあたった事も!!

ロゼを唆して、身体の関係すら刻み付けた事も!!

黙って単身ロンドンへ向かい、ロゼを不安にした事も!!!


……ロゼを、好きになってしまった事すらも。


…僕が、悪いんだよ。…もう、どうしようも、なくて。この気持ちは、どうあっても捻じ曲がって伝わってしまう。…どうやって、純粋に伝えてやればいいんだよ。分からないんだ、僕には。僕は、ロゼについて何も知らない。何をしてやれば、喜ぶのか。何をしてしまえば、悲しむのか。何をしてあげたら、笑うのか。

…何をすれば、この愛を示せるのか。

…教えてくれ。誰か。僕たちの、お互いの気持ちを、伝える方法。

…考えたことはあるんだ。
何が障害となってるのか。原因はきっと、ロゼの吸血鬼としての本質、性といってもいいだろう。ロゼには生まれつき、周りの人に魅力を感じさせる能力がある。チャームとでも呼ぼうか。そのチャームは、周りの人に片っ端から罹ってしまう。ロゼの意識にかかわらず。
それがロゼを、不信感に陥れた元凶であり、僕とロゼの溝の、間接的な原因。このチャームというものが罹っている限り、ロゼはどんな愛も、どんな友情ですらも。そのままに受け取ることはできない。そしてそれは、僕にも罹っていた。

…罹って「いた」んだよ。期間は分からないが、確実に、その効果が切れる期限はあるはずなんだ。なんせ十年単位の付き合いなんだ。数十年続く魔法ですら数えられる数しか聞いたことがないのに、そう簡単に続くものがあるものか。あったとしたって、この気持ちがそれに縛られることなんて、あってたまるものか。それだけは、自信を持って言える。

…助けてやれる方法は、ないのかな。どうにかして、チャームという呪いから、ロゼの心をほどいてやれる、手立ては。

………一つ、思いついた。………失敗すれば、命は消える。………でも、それでいいさ。僕の命で、ロゼの闇が払えるのなら。本望だ。


日は落ちて、夜。
屋敷の前に、多数の蝙蝠の群れ。それはまるで、僕の入場を防いでいるかのようで。
無理に入ろうとしてみたが、滅茶苦茶に攻撃された。…どうしたものか。ロゼとの障害を取り除く前に、こんな関門があるなんて。

…よく見てみれば、一匹。周りと様子が違う蝙蝠がいた。僕が気付いたことに気付くと、そいつは急に群れから離れ始めた。…根拠はなかったが、着いて来いと言っているような、そんな感じがした。急いで、その羽根の瞬く跡を追った。追って、追って、たどり着いた先は。

…一面に広がる、薔薇。そういえばこんな場所もあったかな。屋敷にはいくつか、薔薇が咲いている園がある。その中の、最も隅にあって、最も景色が綺麗な場所。目立たないながらも、絶妙な位置に配置された園は、月と山脈、その中心にある湖畔が見渡せた。

その薔薇園の中心に座り込む、桃色の髪を風になびかせる青年。

「…何しに来たの。」

「…言い忘れてたこと、あったなって思って。」

「まだ、何か言うつもりなの?」

震えた声。今にも何かが切れてしまいそうな。そんな声。

「…ロゼ。僕は…」
「やめてよ!!!」

遮られる、僕の声。

「…もう何も言わないで…。これ以上俺の心を、かき回さないで…。お願いだから…。」

そう言って、振り向くロゼ。その目には、涙がたまっていて。泣いて泣いて、泣きじゃくったのだろう赤くはらした顔を、今にも雫がこぼれてしまいそうなその目を、僕に向ける。

僕は黙って、小瓶を取り出して、中の液体を飲む。

そして訪れるのは、意識の急激な降下。思わず倒れこんでしまうほど。
心臓の鼓動が、血流がどんどんと、静かになっていく。
誰かが駆け寄ってくる音がする。ロゼかな。まだ一応、心配はしてくれるんだ。

「なに、何したの…!!何してるの…!!!」

「…お薬、飲んだだけだよ…。一つ、証明が、したくて…。」
遠くなっていく意識。視界はもうほぼおぼつかない。急げ。

「なにそれ…!!!起きて、起きてよ…!!」

「ねえ、ロゼ……きょうは、ごめんね…。ぼくもよく、わからなくなってたんだ…。」

「そんなこといい、いいから…!!」

「…いいたかったこと、ね…。ぼく、さ、ずっと、ね、ろぜのこと、すきだった、んだ。」

「…………!!!」

何か、濡れた感じがした。涙、かな。分からない。

「…きみへの、あいが。しんでも、しんだとしてもかわらないって、しょうめい、したかったん、だ。」

舌が痺れてくる。腕すら今はもう、動かない。

「…!!!…!…!!!」

耳も機能を停止して。何を言っているのか、もう分からない。運が悪ければ、これが最後の言葉。

「…ろ…ぜ。き…だけを…あい…し、て…る。」

そして、意識は消えた。

 

 

 


…あたたかい。…ベッド、かな。…こうやって意識が戻ったってことは、賭けに勝ったってことなのかな。それとも、死んで地獄か。…まあ。どちらにしても。伝えたかったことは伝えた。言いたいことが言えたかは怪しいが。

恐る恐る、瞼を開く。

…見えたのは、天井。右にかろうじて首を傾ければ、月の映る窓。

そして左に目をやれば、そこには彼の、顔を俯かせて、震える姿。

「…何で、あんなことしたの?」
震えた声で、喋りかけられる。だけどそこには確かに、怒りがこもっていた。

「…僕の思ってること、伝えるにはあれしかないなって思って。」

「…伝えることの順序、おかしいんじゃないの?」

「…かもね。…うん。僕が悪かった。」

「…謝ってほしいわけじゃない。」

「…僕さ。君のチャームがもう僕には効いてないってこと、言いたかったんだよ。成り行きで、好きだ、なんて言っちゃったけど。…本当だよ。もう本当に効いてないはずだし、本当に君のこと、好きなんだ。」

「…なんで、そんなこと言えるの?」

「…チャームも、魔法の一種かなって考えたんだ。もしそうだとしたら、何十年も続くわけないって。人の心を揺さぶるものなら、なおさらね。でも、それだけじゃ今の君には言っても無駄だろうって思って。…それで、死にかけていく人には、さすがに効かないだろう、なんて馬鹿な事思っちゃってね。」

「…本当に、馬鹿。」

「…うん。ごめん。あんな状況で愛の告白なんか馬鹿のやることだね。…本当に…。」

「…そうじゃないよ。…なんで、俺のためなんかに。あんなことするの。」
声が、消え入りそうになっていく。
「…言ったでしょ。好きだから…」
「だったら!!!」
ロゼが声を荒げる。少し、驚いてしまった。

「だったら…もう二度と、あんなことしないで…。」
ロゼが顔を上げてこっちを見ると、瞳に、また涙を浮かべていて。
「ズリエルまで消えちゃったら………もう、どうしていいか…分かんないよ……。」

「……うん。もうしない。」
「約束して。…それから、もしズリエルが消えたらなんて話も、もうしないで…。…俺も、ズリエルのこと好き、好きだから…消えないで…。そばにいて…。」

少し、驚いて。…嬉しくなってしまった。笑ってはいけないのだけれど、どうしても、頬が緩んでしまって。

「…ん。約束する。これからはずっと、君のそばにいる。未来永劫、君から離れることはない。誓うよ。」
その言葉を言い終えた瞬間に、ロゼが身を乗り出して、口をくっつけてきた。
すぐ、口は離された。

「…まだ僕、病み上がりなんだけど。」
「…知らない。いつも、俺と一緒の時に勝手な事ばっかりして。俺だって勝手にする。だから…ん…」
また、キス。今度は指も、絡ませて来る。そっと唇を食む、優しいキス。

「…好き。好きだから…。」
「…うん。いいよ。ただ、僕まだ五体満足って訳じゃないから…。」
「俺が動くから…いいよ…。」

僕の上に身体を預けて、指を絡ませて。舌を静かに絡ませる、優しくて、甘い、甘い口づけ。
…キスって、こんなにも甘いものだったかな。なんか、好きだな。
今までとはずっと違う感情の孕んだキス。虜になってしまいそうで。…ああ。これが、素直になった、感覚ってやつなのかな。


窓から射す月明かりが、空を飛ぶ鳥が、明かりを反射する湖が、風に揺れる薔薇が。周りの全てが、僕らを祝福するように思えた。まだまだ話し合うことも、一緒にすることも沢山ある。だけど今は。この幸せなひと時を、これからの幸せなひと時を楽しもう。

ロゼール・レッドフォード。ただただ君だけを、愛している。