かきごおりのお庭。

企画の小説とか書いていきます.

もう一度、あの夢を。

【パラレル成分が多めです。読んでいただける際にはご注意を。】

 

貌国、某所、ナイトリー家…だったはずの場所。その地に、彼女の幼馴染だった二人は来ていた。

確かに見覚えのある家。見覚えのある部屋。今はただの、抜け殻でしかない。

「…埃だらけだな…。」

生活感を残したままほとんど破屋と化した内部を見て、呆れ気味のエオリカが言う。そんな彼女を置いてつかつかと足音を鳴らし、中へ中へと突き進むナタリア。その歩き方から目指す場所は決まっているだろう事が察された。やがて足音が止み、何かあったかと焦るエオリカがまた急いで追う。優れた聴覚を活かし、彼女の跡を追った先は。

 

リネット・ナイトリーだった彼女の部屋だった。

本棚の前で、一人佇むナタリア。本棚から雑誌を一冊取り出し、埃をはたいてパラパラとめくる。幼馴染だった彼女が定期購読していたシリーズもの。ロマンス小説のコーナーが有名であり、彼女もその頁を心を高鳴らせながら屈託の無い笑みで読んでいた事が、記憶に焼き付いている。興味のないことなんてわかるだろうに、嬉しそうな顔でこの服が可愛いだのこの人がかっこいいだの、えへへと笑う彼女の顔が、今でも鮮明に思い起こされる。

一冊毎にページを流し読みしては戻し、また次のものを取り出す。五回ほど繰り返し、もういいだろうとエオリカが口を開く。

「…イレーナ。もうそこら辺で…」

「エオリカ。」

言葉を遮るようにナタリアも声を発する。少し、たじろいだ。

「…なんだよ。…もう、いいだろ…。…帰ろうぜ…。」

「…エオリカ、エオリカ。」

「だからなんだって…。」

気付けば目の前にいたナタリアに肩をひしと掴まれる。私の目を見てと、雰囲気が囁く。

「目を、逸らさないで。」

「……珍しく涙なんか落としやがって。…卑怯だろ。目を逸らしてたのは、テメェの方だろう…。」

確かにナタリアの目から、雫が一滴、零れていた。潤む瞳。今にも顔を背けたかった。けれどもその視線は、どこか真っ直ぐで。目を離すことが出来ない。頬をつたう涙を指で優しく拭い、また話し始める。

「…ええ。そうかも、しれない。」

「…だけどね、今分かったの。確信したの。やっぱりリネットはリネットで、あの子はあの子なの。名前も知らないあの子だけど、確かにあの子は私たちの妹だったの。」

「それでね、私、目標が出来たの。聞いてくれる?」

どうぞとばかりに顎を吊り上げる。ようやく夢から覚めた、彼女への少しばかりの気遣いだ。

「…ありがとう。…いつか、いつかよ。トメニアに行って、あの子を迎えに行きましょう。」

一瞬、呆気に取られる。目の前のこいつは今何を言った?余りにも、非現実的な内容。驚き目を見開くエオリカをよそにナタリアは喋り続ける。

「きっと嫌がるわ。きっと怒られるわ。きっと憎まれるわ。それでも、きっと彼女がリネットでなくても、あの子が幸せになれる何処かに連れて行ってあげたいの。」

爛々と輝くその翡翠色の視線を、その温もりに満ちた言葉を、その暖かな感情を。否定することなんて、とても出来なかった。

「…んなの、夢物語だ。」

「夢物語?そうね、きっと無理なのでしょう。」

「それでも、か?」

「ええ、それでも。それでも、夢を見ることはやめたくないの。」

「だって、だってあんなに、目覚めるには惜しい、優しい夢だったんだもの!」

黄金色に輝く髪の毛を揺らし、ナタリアが晴れやかな笑顔を見せる。それを見て、彼女の言葉を聞いて、どこか抑えていたものが、何かが溢れ出す感じがした。お前はいつもめちゃくちゃだ。めちゃくちゃで、どこか抜けている癖に、やる事なす事眩しくて。きっとあの仔犬は、お前のそういうところに憧れたんだろう。そうだろう?なあ…リネット。もし、もしまた、あの光景を眺められるなら。あの夢を見ることが出来るのなら。もう二度と、お前らの夢を覚まさせやしない。

「…ああ。いいぜ。やってやろうじゃねえか。」

「あら。それはつまりそういうことかしら?」

「協力してやるって言ってんだよ!!アイツにもお前の出来損ないのスコーン食べさせないと気が済まねぇ。」

「またエオリカはそんな事言って…。…ふふ。ありがとうエオリカ。貴方ならきっとそう言ってくれると思ってたわ。」

「魂胆が見え見えなんだよ…。…ったく…。」

わざとらしく頭に手を当てて仏頂面で呆れるエオリカ。あなたのそういう正直になれない所、私は少し好きよ。直して欲しいところも勿論あるけれど。

リネット。あなたのはにかむような笑顔が、お姉ちゃんは大好きでした。あなたのその笑顔が、どうしても見たいの。我儘なんて思われるかしら。でも私、あなたと向き合いたいの。だって、だって私、あなたの名前も知らないの。あなたを見られる目があるの。あなたの声を聴ける耳があるの。あなたと喋れる口があるの。あなたに伸ばせる手だってある。それに一緒に歩める足だって!理由付けはもうたくさん。あとはあなたがそこにいてくれれば、お姉ちゃんはそれで、いいの。どんなにあの夢が遠くても。何度夜明けを過ごそうと。私はいつか必ず、あなたを迎えに行くわ。だからきっと待っていて、私の大切な妹で、大事な友達。

また一緒に、お茶をしましょう。勿論三人で!

 

 

幻さんのナタリア・E・ラビットフッドさん、凪凧さんのエオリカさん、名前だけですが藤田ミハナさんのリネット・ナイトリーさんをお借りしました。

 

ありがとうございました。