かきごおりのお庭。

企画の小説とか書いていきます.

継ぎ接ぎの首輪。

つまらない。全てクソッタレだ。今という時間がただ退屈だ。問い掛けと称した拷問も。暇潰しに付き合わされるチェスも。凡て、平坦で。くだらない。

 

箱と呼ぶに相応しい無機質を敷き詰めたようなその正方形の部屋で、その暗がりの中で、何かを待っている。腐れ落ち、切り飛ばされ、失った部位の幻肢痛に苦しめられ、残った片腕片足を鎖で繋がれ。異能封じに猿轡を嵌められ、日を重ねる毎に終わっていく自分を感じながらも、まだ。

夥しい数の拷問の痕が、部屋の隅から隅まで余さず残っている。無論、自分の体も含め。胴体を埋めつくしていた自傷の痕は、あっさりと塗り替えられた。

どうせなら、すっぱりと殺して欲しかったものだ。裏切り者を生かしておく情がこの場所にあるとはまるで知らなかった。

 

…否、情がないからこその、この仕打ちか。現に今、死んだ方がマシだと、そう考えた。訂正しよう。相変わらず、情のない、惨たらしい、命を吹き返す望みすらない腐った場所だ。…尤も、その方が自分には似合っていそうなのがまた、皮肉的で、激しく鶏冠に来る。存外、笑えもしない。

常に自分がより楽しいと、愉しませてくれる、退屈のない選択をしてきた。裏切ったのもそう。奴の元を離れたのは、何故だっただろうか。

ああ、思い出すことも今は、面倒臭い。忘れたのならきっとどうでも良い事だったのだろう。そう思い込んでいる可能性も否定出来ないが。

まあその行為の結果は、予想した通り十二分に楽しめた。野郎共の鉄砲を食らった鳩のような顔を見たか。青ざめて汗を垂らす奴らの顔を。すまなかったと命を乞うて泣き叫ぶ支配者共の姿を。薄皮被ってひた隠しにしていたその中身を顕して思い思いに行動する人間達の、なんと微笑ましいこと。仮面を剥ぐ事の愉しさを再確認した。いい機会だった、全く。マイペースに日々を送る者もいたのは中々予想外で、それもまた楽しめた。

 

一筋縄ではいかない歯応えある奴らもいた。忘れはしない。あの無数の剣戟を。本気の殺意を込めたその視線を。背筋が震えるほどの、その狂気を。思わず笑みや涎が垂れるような本性を曝け出した者達を。火薬の匂い。血の匂い。煤煙を纏った鳥肌の感触。どれもが素晴らしい。戦闘狂の自覚は無かったが、素質はあったようで我ながら感心する。

…怪物共には、今回の事で逆に興味が湧いた。奴らはどうも未知数だ。感情の起伏で凡そ人間の手の届かないような現象を起こす。国保時代、その片鱗を見た事はあったが。まさか竜が唸るとは。誰が想像出来たか。物語でしか起きないような出来事を起こす。きっと奴らは、退屈しない。

 

…嗚呼、狂騒と不穏に包まれた輝かしい日々を返してほしい。あの皮膚にまとわりつく、剣呑とした血なまぐさい雰囲気が、好みだった。

そして回想に終わりを告げる、鉄の扉に手の甲を打ち鳴らすノック音。二回、三回と立て続けに鳴らされるそれの後、僅かに面白おかしく顔を顰めた監視員がドアを開け入ってきた。鈍く光る鉄製の扉が、耳障りな甲高い音を立てながら。

「…迎えだ。」

怒気が込められた台詞を、こちらを睨みながら吐く。

迎えとは何の冗談だろう。呼んだ覚えもなければ、来る様なアテもない。…いや、なくは、ないが。

だがそもそも、この状況で大罪人を匿いに来る馬鹿などいるはずもない。それこそ、常軌を逸するような、大うつけ​───────

 

「……まだ出てこないの?」

 

​───────その声を聞いた瞬間。瞳孔は開き。全身の産毛が逆立つ。

有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得るはずが、無かったのに。ああ。そうだ。お前に限っては考える事自体無駄だった。お前は。お前はいつだって。お前の行動はいつだって理解出来ない。予測できない。分からない。その思考も。理論も。何もかも。

 

全てが、上っ面。幼少期にスラムで拾われた自分の、最高最悪の育て親。

 

その男は、カツ、カツと上機嫌な足音を鳴らして。監視員を除けて、入口に立つ。

 

「やあ。久しぶり。『外』は楽しかった?」

 

男の名を、ラウネン・ザッカーバーグ

その顔だけは、見たくなかった。

 

 

 

 

​───────ザッカーバーグ邸。自室、だった部屋。

拘束具の外されないまま、椅子に座っている。カーテンは締め切られ、外の光は入ってこない。黄色の室内灯が、部屋を薄暗く照らしていた。

まさか、ここに帰ってくることになろうとは。これこそ、死んだ方がマシだ。不幸中の幸い?鼻で笑ってやる。不幸なんてどこまで行っても不幸に決まっている。

いつ舌を噛んで死んでやろうか。

そんなことを考えていた折、ドアを開けて件の男が入ってくる。姿を見ることすら疎ましい。視線を逸らした。

「…それ。面倒じゃない?外そうか。」

否が応でも視界に入るその姿。右目の下の三角形のタトゥーが、やけに目に付いた。

「……傷。多いね。」

カチャリ、カチャリと金属音を鳴らしながら。身体を、冷たい目で見ている。若干、声に不満があるように感じられた。…気のせいだろう。

 

「はい、終わり。ああ疲れた…。」

手首を振って固まった腕をほぐすラウネン。あらゆる行動に、悪寒が走る。

「…お前。今更、どういうつもりだ?何も干渉して来ねえと思ったら、突然迎えだァ?気味の悪い……。」

「……さあ?」

わざとらしく両手を広げ。まるで知らない、分からないと言ったような仕草をする。

「……チッ、まあ、もうどうでもいい。……いつ寝首かかれても知らねえぞ。」

「わあ…。…楽しみにしているよ。どんなやり方で、いつ来るのか。」

何を言っても、その笑顔を崩さない。口角が上がることはあっても、その口が八の字になった所を見たことがない。

「…クソが…。」

「ハハハ!……まあ。楽しみにしているのは本当だよ。さて、私は疲れちゃったな。少し休んでくるよ。この屋敷の中、私の土地の中なら好きにしていい。以前と同じく、ね。」

「…ああ。」

鼻につく言い方を流して、義手と義足の感触を確かめる。まだ多少、動きにくい。実際の動きと思考にラグがある。調整が必要なのは不便だが、仕方がない。

そして、部屋から出ようとした奴がまた口を開く。

「おっと、言い忘れていたよ。」

「…ア?」

 

「……おかえり、ヨハネス。」

 

 

それは実に、無機質な笑みで。

 

腹の立つほど透き通ったその表情は、まるで人間を弄んで楽しむ天上の存在の様で。

アレを天使と呼べる人間は、きっと狂っている。アレを人と呼べるのであれば、そいつは何も知らない、幸せな奴だ。

そしてあの笑顔で、あの名前を呼ばれて。苛立たない訳がなかった。

 

ヨハネス。奴から貰った、最初の名前。

俺の全てをやるなんて、呆れるほど馬鹿げたことを口走ったあの日。これまでに見た事のないほど美しいモノに出会って、見事に魅入られて。

まるで天使のように見えたガワの中身は、それはそれはタチの悪い悪魔のようで。

 

悪魔に持ち掛けた、分の悪い取引。

未だに契約は、続いていた。

 

そして一つ。ふと、やりたい事が出来た。

 

あの薄気味悪い野郎の皮を剥ぐ。余すことなく、剥いで。面の皮を、暴いてやろう。奴の底を攫ったら、何が出るだろう。蛇か、鬼か。それとも。

 

きっと、もっと恐ろしい何か。

俺はひょっとすると、これ以上にないくらいの上物を、一番近くにいながらも無視し続けていたのかもしれない。

 

確信した。これは、退屈しない。間違いない。知るまでは、死んでも死にきれない。何としてでも、必ず。

自然と、口に笑みが浮かぶ。

その笑みが、誰かに似ていることなんて、知りもしないまま。

 

 

 

ふじみやさん宅の、ラウネン・ザッカーバーグさんをお借りしました。

ありがとうございました。